ひとむれ
このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。
職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。
※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
巻頭言
先を見通す力を
職員研修の雑感
木彫展を通して
木彫をやって思った事
木彫展で金賞を取った事
校長 仁原正幹
勤労感謝の日を前にして、北海道家庭学校伝統の「作業班学習発表会」が十一月十九日・二十日の両日にわたって開催されました。会場となった音楽室には高校生を除く児童と家庭学校職員と望の岡分校教員の全員が集結しました。入所したばかりの二人を除く二十二人の児童と、採れたての野菜や牛乳を巧みに献立に取り入れている伊東睦子栄養士の、総勢二十三人の発表がありました。
そこに聴衆として児童相談所や原籍校など関係の皆さんにも大勢参加していただき、音楽室は二日間超満員、熱気を帯びた状況となり、北海道家庭学校を代表するシーンが展開されました。
この「作業班学習発表会」の詳細については、『ひとむれ・収穫感謝特集号』を印刷・製本して皆様にお届けする予定なので、今号では概要や感想をお伝えするのみに留めたいと思います。今年も子ども達一人一人の発表が確かな実践に裏付けられた大変内容のあるものだったことをひとまずご報告します。二十二日の収穫感謝礼拝の折にも各人への講評を述べ、校長として誇りに思う旨伝えました。
さて、望の岡分校の「学年便り」・「学級通信」の中にも、将に我が意を得たりと思う見事な記述を見つけたので、それを引用させていただくことにします。
まず、中学三年生担当の山田道哉先生の記述です。「作業班学習発表会が終わりました。(中略)発表の中身を考え始めてから約二週間。調べてまとめて、ポスターを作り、言葉を選んでの原稿作り、大勢の人前で脇汗をかきながらの発表。大変だったと思います。でも、必要な情報を集める力や、自分の考えを相手にわかるように伝える力はこれから社会で生きてゆく上で大事な力です。(中略)お疲れ様でした。」
次に、中学二年生担当の小椋直樹先生の記述です。「毎年思いますがホントに内容の濃い発表です。(中略)なにより、皆さんは他の学校の小中学生では絶対に体験できないような本物の体験をしているから、サラッと話していることが、実はすごいことを発表しているのです。他の学校ではせいぜい『一日農業体験』です。でも皆さんのは『毎日実践』です。お手伝いじゃなくて実際に作って実際に皆で食べているのです。草刈りのお手伝いではなく、自分たちが草刈りをしているのです。もし、全国中学生草刈り大会があったら。多分家庭学校の生徒はぶっちぎりで優勝だと思います。そういう本物の体験を発表しているので、ただ喋っているだけで実に内容の濃い話になっているのです。」
『収穫感謝特集号』をご期待願います。
教頭 神谷 博之
新年度がスタートし、十一月末で八カ月…。一年の三分の二を終えました。十一名だった児童生徒は、二十四名に増えています。話には聞いていたのですが、年度途中に児童生徒数が激増することに驚いています。
教務室で通路を挟み隣に座る泉部長の電話には、児童相談所からの問い合わせや照会がひっきりなしにかかってくる時期もありました。それほど児童自立支援施設の需要が大きいことに戸惑いを感じずにはいられません。
本来であれば、子どもたちは保護者の下、保護者の愛情に包まれて成長し、巣立っていきます。ここで生活する子どもたちは、様々な理由により、本来の生活を送ることができない子どもたちです。一人一人の子どもたちの、これまで生きてきた環境を想像した時、切なさが胸に迫ってきます。個々の発達上の課題や家庭の課題をいち早くキャッチし、適切なサポートがなされていれば、今、ここにいなかった子どもたちなのかもしれません。しかし、そんなことを考えても済んでしまったことをやり直すことはできませんし、分校で何とかできることでもありません。
では、分校には何が求められているのか。分校として何ができるのか。
望の岡分校は義務教育の小学校と中学校ですから、当然のことながら、先生方が子どもたちに関わる時間のほとんどが授業です。となると、「学力の向上」こそが分校に求められることである…ということになります。しかしながら、分校として考える「学力」は、テストで百点満点だったという結果ではなく、その結果を導くための過程だと私は考えます。
子どもが増えたことで、私も授業に携わるようになりました。授業をするときに私が考えることは、どうすれば知的な楽しさを感じる授業ができるかということです。経験を生かして解決への手立てを考えたり、結果を予想して取り組んだり、自分の脳ミソをしっかり使う楽しさを味わえるような授業にしたいと思っています。結果はどうあれ、自分の頭で考える過程が重要です。
分校の授業では、自分の頭で考えて、先を見通す力をつけることが大切だと思うのです。間違えたときは原因を探りながらその思考の分岐点まで戻り、別の方向へ針路をとる…。そんな経験を積み重ね、自分の頭でより良い選択肢を導き出せるようになることが理想です。
いずれ社会に出たとき、自分の未来に悪い結果をもたらす選択肢を見抜き、その選択肢を避けられるようになってほしい。自分の未来を自分の手で確かに掴み取ってほしい。そんなことを願う毎日です。
児童自立支援専門員 陳 浩
北海道の紅葉をまだ満足に楽しめてないうちに、10月14日の初雪で、早々と遠軽も今年の冬を迎えました。初雪から一ヶ月後の11月16日に本州に飛び、福島学園主催の「東北・北海道地区児童自立支援施設協議会職員研修会」に参加することになりました。北海道家庭学校は職員にとって、仕事の場であり、生活の場です。普段は休日以外に家庭学校、遠軽から離れることが少なく、職場以外の人と交流する機会が少ないです。また、妻との会話は8割が家庭学校の生徒の話題になります。このような中、一度仕事の現場を離れ、同業の他施設の職員と研修を受けることは、より新しい刺激を受け、新しい知恵を得るための非常に良いチャンスだと思います。
今回の研修のテーマは年長児童の支援についてでした。どの施設も中卒生への支援という大きな課題があり、どこの施設も似たような現状を抱えているようです。家庭学校の場合は、年長児童は中学校卒業したが高校には在籍せず、家庭学校内指導の生徒と高校に通学する生徒の二パターンがあります。高校生については、高校生のみの寮舎の向陽寮で生活することになります。しかし、全国を見て、単独の高校生寮を持っている児童自立支援施設は珍しいものであり、それを紹介するようにと依頼されました。しかし、本来の夫婦小舎制は、今年から職員の事情で、夫婦で寮運営することが難しくなり、日中は寮担当、夜は本館職員が交替で泊まり勤務という通常と異なる形態で維持しています。その職員体制と思われる要因で、生徒と大人間の関係ができにくくなり、それによって無断外出、喫煙などの問題行動が次々と発覚しました。
しかし、家庭学校の社会資源として、定時制高校や高等養護学校があります。また、地域の会社等も快く向陽寮生をアルバイトで受け入れるため、進学や就労訓練が可能になっています。また、自立に向けて自動車運転免許などの取得も可能で、支援の幅が非常に広がります。しかし、高校生寮を持つ児童自立支援施設はほとんどなく、中卒児童の受け入れに戸惑っている施設は未だに多くあります。
児童福祉法を改正して、児童年齢を現行の18歳未満から20歳未満に引き上げることも検討されているようです。このような中、中卒児童の支援はこれからも課題として検討されることになるでしょう。
児童生活指導員 竹中 大幸
山の中にある家庭学校において木にふれて関わる時間は多いと思います。各寮の風呂焚きでは薪を使うのは日常ですし、作業班での作業もあります。私は中卒クラスの授業で木工作業を担当しています。そうした中で木彫展があり、子どもはもちろん職員の参加もあって様々な作品が出品されました。
今年度の木彫展の主担当としては、とても楽しみな行事の一つでもありました。木彫用の板はシナの木を製材して用意しました。昨年使用した板は板自体が薄くて小さめだったことから、今年は二十ミリくらいの厚さと大きめのものを用意して、彫るのを失敗しても何度も手直し、修正できるようにしました。
分校との共催行事ということもあり、茂木先生に実施要項を作成していただき、大野先生には彫刻刀の使い方、木彫についての注意点などを説明していただきました。主担当の私は諸事情でその場に出席できず、副担当の陳先生にお任せしてしまいました。そのときに子どもには板を配ったと思いますが、どのような気持ちで受け取ったのか考えてみました。これから挑む木彫に自分の考えたものをどの様に表していくか心をわくわくさせたのでしょうか。それともどうしてこんなことをやらせるのか、面倒くさいなどとでも思ったでしょうか。様々な考えを思いめぐらせていたはずです。
彼らの木彫に対しての取り組み方は各寮で違うとは思いますが、出てきた作品を見るとけっしていいかげんにはやっていないように見えます。私がある寮の留守番対応に入っているときには不器用ながらも一生懸命に取り組む姿が見られました。自分の好きなもの、自然をモチーフにしたものや言葉などそれぞれの個性が表れていて見ていて面白いと感じました。制作過程の中で助言を求められる場面もあり、数人とは関わることができました。彫りすぎたり削りすぎて、ある部分が無くなってしまったり、形をうまく作れず無理をして刃を欠けさせてしまったりといったことがありました。素直に助言を受け入れる子もいれば、こだわりがあり自分の思いのまま進む子と接することで彼らの抱えている問題が見えたような気がしました。冗談で人の作品を馬鹿にするようなことがあったかもしれませんが、見ている限りけっしてそこからもめごとに発展することは無かったように思えます。子ども同士の親密度にもよりますがむしろ相手の作品を褒めていたような気がします。人のことを悪く言うような言葉遣いが多い生活の中で、他者の良いところを認めることができる部分がこの行事によって感じられたことがとても嬉しく思えました。
木彫展の目的として、自主的に寮学習する態度を育て集中できる力を養う、発表という具体的な目標を持つことで作品に対する意欲を喚起するということを掲げていました。これらの目的はここにいる子どもにとって難しかったかもしれません。それでも目標を持って集中できている子がいたのは事実です。ほんの少しのきっかけかもしれませんが、もの作りを通して彼らのお互いを思いやる気持ちや、どんなことでも周りに流されず集中できる力を持ってくれたらと願っています。私にとっても彼らのそんな姿勢を見ることで刺激を受け、これからの様々な行事も前向きに取り組んでいけることでしょう。
私は今回指を怪我してしまい製作することができませんでした。幸い利き手の方ではなかったのですがどうにも不自由でなりませんでした。色々と考えてはいたのでそのことだけはとても残念でした。去年も参加していませんでしたので、次回こそはなるべく時間を作り、満足のいく作品を作りたいと思います。そのときは、子どもと共に楽しみながら木彫に取り組むことができたらよいと考え、彼らの作品をより良くできるようにサポートしていきたいと思います。
今回の木彫展では最後の表彰式までスムーズに運ぶことができませんでした。次回も担当できたなら、今回の反省を活かして取り組んで行きたいと思います。
最後に、どの作品も工夫されていましたが、入賞された児童のみなさんに、本当におめでとうと、そしてありがとうと伝えたいです。
掬泉寮生 K・マサト
自分が木彫をやって思った事は、うれしかった事、楽しかった事、悔しかった事がありました。まず、うれしかった事は木彫を自分の思い通りに彫れた事でした。自分は、岩魚を彫り魚の魚体やまわりの岩の感じをうまく思い通りに彫れた事がうれしかったです。あと、自分が作品を出してから、先生とかに「うまいね」と言われた事もすごくうれしかったです。
次に、木彫をやって楽しかった事は、木の板に彫る時に彫刻刀で彫って、だんだん自分の思っていた形が板から出てきて彫るのが楽しくなりました。あと、もっとリアルに仕上げようと思いながら彫りました。
次に、悔しかった事は、木彫展に最初から出せなかった事です。自分は、問題を起こし特別日課になって、木彫を出すのが遅れました。この時あんな事しなければ良かったと思いました。あと、悔しかった事は、賞に入れなかった事です。自分は彫ってる時もすごく自信があったので賞の発表の時に名前が呼ばれなかったのがすごく悔しかったです。あと、今回は賞を取れなかったけど、次は他の事で賞を取れるように頑張ろうと思いました。
最後に木彫で頑張った所は、岩魚を立体にするのを頑張りました。立体にする時は平刀で彫りました。立体にするのだけで、すごく時間がかかり大変だったけど頑張って彫りました。
今回の木彫では、いろいろな気持ちを感じられていい勉強になったので良かったです。
石上館 ユウキ
僕は、今回の木彫展で金賞を取りました。テーマは、有難~ありがたいです。何故このテーマにしたのかと言うと日頃のお世話になっている人達への感謝の気持ちをあらわそうと思ったのと礼拝堂に飾ってあるのを見てかっこいいなと思ったからです。
実際に作ってみて思った事は、細かい所や平らにする事が出来なくて、色々苦戦していました。あと自分では、分からない所は、周りの先生に見てもらったりして完成させました。昨年は、失敗したらくじけてあきらめてしまったけど今年は、失敗してもくじけないで自信をもって作りました。あとは、言葉の意味を考えながら、ありがたいってこういう事なんだと思いました。
そして、今年は、金賞を取りたいと思って結果を期待しすぎて周りの人たちに迷惑をかけてしまう事が何回かありました。でも結果の日に発表するよと言われてとてもドキドキしました。それで金賞と言われた瞬間に喜びがあふれてきて飛んでしまいそうでした。でもそれをがまんして表彰式をしました。周りの皆からおめでとうと言われたりしてとても嬉しかったです。僕は、物を作るのがとても好きなのですごく自信を持つ事が出来ました。
次に、これからも感謝の気持ちを忘れないであまり怒りを表面に出さないで生活をしたいです。あとは、次の雪像展でも金賞を取れるように頑張って作ります。あとは、家庭学校を退所した後も社会で通用する大人になりたいと思います。