ひとむれ
このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。
職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。
※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
巻頭言
今、思うこと
新入生と会える日
フットサルクラブについて
〈がんぼうホーム職員の声〉
〈児童の声〉
校長 清澤満
『己の欲せざる所、人に施すこと勿れ』。
論語にあるこの教えについて、一昨年夏の校長講話で子どもたちに話したことがあります。分かりやすい言葉なので一月の講話でも今いる子どもたちにこの言葉が持つ意味について話しました。論語・衛霊公にはこの有名な成句の前に弟子の子貢と孔子のやり取りがあり、一生かけて行う価値のあることを一言で表すと何かという弟子の問いに、孔子は「恕」であると答えています。恕とは思いやり。思いやりとは、「その人の身になって考えること。察して気遣うこと。」と大辞林にあります。意味を理解しても、こうした思いやりの心を持つことは容易ではありません。相手の立場に立ち、その人の気持ちを考えてみたり理解しようとすることはそんなに簡単にできることではないのです。そこで、孔子のこの教えは参考になります。相手の考えや気持ちを察して思いやることは難しいけれど、自分がされて嫌なことは分かるので、そういうことは相手に対してしてはいけないことだと、思いやりの心を持つコツを端的に教えてくれていると思います。
子どもたちは些細なことでトラブルを起こします。相手の行動や発言をからかったりダメ出しをして嫌な気分にさせたりします。そんな時は、自分がもし同じ事をされたらどんな気持ちになるかを考えてから、相手の立場になってみて、それは言ってはいけないこと、してはいけないことだったと学んでいきます。この方法は子どもに分かりやすいと思います。例えば、対人関係を築くのが苦手な自閉スペクトラム症の子どもは関わり方が一方的で場にそぐわない発言をして相手に不快な思いをさせることがあります。感情を共有することが苦手なこうした子どもにとっては、自分がされたらどんな気持ちになるかをまず考えるこのやり方は有効だと思います。これにより相手を不快にさせる良くない行動を気付かせ減らします。大人は、相手と仲良くするための言葉や方法を具体的に例示し、子どもはそれを実践して良い行動を増やしていくといった関わり方が大切です。
それにしても、人を思いやるということは難しいことです。二月一日現在在籍している子どもの九割に疑いも含めて発達障がいがあります。そのうち自閉スペクトラム症が全体の約77%、注意欠如・多動症が約46%を占めています。
こうした子どもたちによく考えなさいと言う前に、私たち職員こそ、子どもたち一人ひとりの特性をよく理解し、生きづらさを感じてきたであろうその子どもの身になって心情理解に努めることから始めなければならないのです。
主幹 竹中大幸
今年度の冬帰省は児童生徒の移動日を含めて一二月二八日から一月一〇日までの十四日間という日程でした。
今年は積雪量が例年より多く、帰省日の移動では予定していた交通機関が使えないこともありましたが、帰省先として児童相談所に一時保護された子どもも含めて、無事にそれぞれの帰省場所に帰ることができました。新入生や事情があって全期間帰省できなかった子どもは柏葉寮で本館職員対応での残留生活を送りました。本来なら職員を前後半と二つに分けて対応するのですが、私の場合は一月一日から六日までという中間の期間を対応する変則的な形になりました。
今回施設職員が計画した残留行事は例年行っている餅つき、新年の式を含めて、映画鑑賞、動物園観光、ワカサギ釣りなど様々な行事を計画していました。実際映画鑑賞では時間が限られていて、子どもが興味のある、望むものが観られなかったりしたので不満があったかもしれません。しかしそのことで不調になったりすることもなく「先生を困らせてはいけない、皆で仲良く過ごそう」そう意識してくれていたからこそ、穏やかに過ごせたかなと思っています。未だにコロナウイルスが猛威をふるっている中で残留行事を行いましたが、途中から戻ってきた子どもを含めて、体調不良など問題なく過ごせたことはよかったと思います。一時保護から戻ってきた子どもは退屈だったから早く残留寮に合流したかったと言って喜び、途中から自宅帰省または保護者との面会のために帰る子どもは早く戻りたいと言って待ち侘びていました。どうしても保護者の都合があって、短期間やまったく会えない状況があるかと思いますが、冬休みに限らずこの長い休みを利用しての交流を大切にしてもらいたいと思います。ここ家庭学校で生活している子どもは日にちがたつにつれて、何かしらの成長をしていると今更ながらに思います。私が幼かったころを思い出してみると、子どもが親元から離れてまったくちがう環境で生活するなど考えられませんでした。どんな理由であれここに来る子どもは自分の意思、目標を持って生活するという心構えがないと続かないと思います。たとえ続かないと思う子どもがいても、それを支援する大人がいることによって、必ず成長につながる生活ができると信じています。
ここから巣立って元気な姿を見せに来てくれる子どもがいるからこそ、私がここにいる理由の一つとして挙げさせてもらいたいと思います。
掬泉寮寮母 藤原美香
前回の二〇二二年十月号では退所生との関わりを書かせていただきましたが、今回は退所生が生まれる日とも言える新入生の入所について紹介したいと思います。
新入生については、児童相談所からの入所照会を基に、家庭学校の校長と幹部職員で受入れの可否を検討します。入所が決まった児童が入る寮はその都度、新入生の入所理由や学年、出身児相と入寮する寮生の構成(こちらも入所理由や出身児相等)を考慮して振り分けられています。最近では、概ね順番で入寮していくことが多くなってきていますが、上記の内容を考慮した上で入所する寮が決まってきます。入所が決まると、寮で過ごす居室の部屋割りを考えなければなりません。ここが寮長が苦慮するところでもあり、他児と新入生の入所理由や性格等を考慮して居室を割り当てていきます。もちろん、入所してからずっと同じ居室で過ごすのではなく、寮生の成長や新入生の動向を見ながら居室替えは行われています。
入所が決まると、そこから身長体重の情報を基に、家庭学校で使用する制服やジャージ、作業服などのサイズを予測しながら必要となる被服、日用品などを用意します。しかし、ある程度目星をつけていても、こればかりは実際に会わないと予想していたサイズと違うことも多々あります。何度か新入生を迎えてからは、すぐに翌日からの作業や登校に間に合うように2サイズは用意して、足りないものができるだけ無いように入所日に備えています。ズボンの裾上げだけは、実際に会ってみてからになるので慌ただしく入所を迎えた当日の夜、みんなが消灯した後にすることが多いです。
日用品や寝具類は新品の物を渡すのですが、最初は一度洗ってのりを落としたいところではありますが、新品であるかどうかを重要視する生徒もいるため、持参した物を確認しながら必要な枚数のバスタオル類や寝具類はタグをつけたまま手渡し、そこから持ち物すべてに名前を書くことが始まります。
いよいよ入所日ですが、児相職員に引率されて来校した新入生は緊張した面持ちで校長、部長、寮長と対面し、家庭学校で過ごすための確認事項として自身の課題や目標、入所期間について説明をしたり、受けたりします。校長室での面談が終わると、いよいよ寮に入ることになります。児相の車と寮長の車が見えると、どんな子が来るのかドキドキしながら玄関で待ちます。はっきりと自己紹介ができる子、緊張からか早口で名前が聞き取れない子、様々いますがここでいつも私が心がけているのは、笑顔で「よく来たね」という気持ちを込めて自己紹介することです。私たちは入所照会である程度の入所理由や背景は分かっても、顔や声は会うまで分からずにドキドキしています。しかし、それ以上に入所する子は、知らない土地、一緒に生活することになった人はどんな人なのか、不安でいっぱいです。笑顔でいることで少しでも安心してもらいたいという気持ちで迎え入れるようにしています。
寮に入った後は、寮長は児相職員との引継ぎに入り、私は新入生と一緒に持ってきた物を確認し、準備していた生活用品を渡す時間に入ります。だいたいは、午後二時半頃に寮に来るので、そこから持参した私物、教科書類の確認、仕分け、下着を含めたすべての被服への名前書き、渡した物への名前書き、制服やジャージなどの着用場面などを説明しながらサイズを合わせているとあっという間に一時間は過ぎてしまいます。ほとんど持ち物がない子、家族から新しい服をたくさん購入してもらってきた子、物であふれている子など様々ですが、家庭学校で使用できるもの、サイズが合わないものなどを一つひとつ確認しながらの作業になります。それと同時に、手渡した物は必ず控えています。以前はノートに記入していましたが、今は個人毎にパソコンに入力し、いつ何を渡したかを後からでもすぐに寮長も確認できるようにしています。これが後々大事になり、成長に合わせて衣服を新調したり、衣替えで以前渡していたものを再確認したり、もらっていない、失くした、などの時に実際はどうであったか確認するのに非常に役に立っています。持参した物などを確認している間は、持ってきた物がヒントになり、準備をしてくれた家族の話題や好きなキャラクター、趣味など、他愛のない話をしてリラックスしてもらうことも心がけています。
持ち物を確認していると寮生が帰寮し、新入生と寮生それぞれの自己紹介の時間になります。世話係に寮内の説明や生活について、教えてもらうことを確認し、新入生の入寮に関わる手続きは一区切りします。そのあとは、他の寮生の対応もしつつ、夕食の準備にも取り掛からないといけないため、慌ただしく過ぎていきます。実は、新入生の多くは自分の入所日やその日家庭学校で初めて食べた食事をとてもよく覚えています。なので、夕食は時間のない中でも手を抜けないため、その準備も怠れません。
入所の日を迎えても、数日で一時保護所に戻ってしまう子や翌日には児相に戻り、退所してしまった例もありますが、多くの子はここで一年から二年程生活を共にします。初日から気持ちが折れるのではなく、少しでも「ここでがんばれるかもしれない」との気持ちを持ってもらおうと、寮担当はあれこれ準備し入所の日を迎えています。そして、退所するころにはたくさんの大人、仲間に囲まれてどれだけ成長しているかが楽しみともなる入所日の紹介でした。
児童生活支援員 藤田郁実
後期のクラブ活動では合気道とフットサルがあり、私はフットサルクラブを担当させていただいています。昨年度の後期は球技クラブとして様々な球技に取り組んでいたようですが、今年度の後期は1つの球技を継続的に取り組んでいけないだろうかと年度初めに担当間で話し合いをした際に私がサッカー経験者であったためフットサルであれば指導することができるかもしれないと提案させていただきました。しかし、経験者とは言うものの高校、大学はサッカーをしていなかったので本当に指導ができるのか不安でもありました。ですが、ありがたいことに前期で子どもたちとサッカーやフットサルをする機会があり、ある程度感覚を取り戻すことができました。
後期になり、フットサルクラブが始まりましたがフットサルは好きじゃないけど何となく選んだり、全く経験がなかったりする子どもたちがいる一方で、私から教えることは無いような経験者がいたりと技術的に大きな差がありました。また、参加者は小学3年生から中卒生までいますが、全員にとって有意義な練習をさせてあげる難しさもありました。初めは基礎的な練習もままならず、練習メニュー通りに進まないこともありましたが、回数を重ねていくにつれて、目に見えて上達していきました。子どもたちの吸収する力、成長の早さに驚かされています。今では全体のレベルが上がって、練習の最後にしている試合では経験者だけが活躍するような一方的な試合展開になることが少なくなってきており、全員が自分の役割を果たして活躍する良い試合が増えてきました。また、技術面だけではなく精神面の成長も見られるようになってきました。初めの頃は経験者が初心者のプレーに苛立ってしまい、きつく当たったり、声を荒げてしまったりすることがありましたが、最近は相手のレベルに合わせてプレーをすることができるようになってきました。初心者も練習をしていく中で初めはボールが怖くて追いかけることができなかったけど怖くなくなってきたと話してくれたり、フットサルが楽しくて仕方ないと話してくれたりすることがあります。指導者として何より嬉しい言葉でした。
私はフットサルクラブでの活動を通して子どもたちにフットサルの楽しさを感じてもらって、サッカーやフットサルに興味を持ってもらいたい、退所後も続けたいと思っている子どもへ少しでも成長の手助けをしたいと思っています。まだまだ未熟な私ですが子どもたちに少しでも楽しんでもらえるようにこれからも試行錯誤しながら土曜日のフットサルクラブに臨んでいきたいと思います。来年度のクラブ活動がどういった形になるかは分かりませんが、まずは今年度のフットサルクラブを良い形で終われるように努めて、機会があれば来年度もサッカーやフットサルの指導をさせていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
児童生活支援員 清水律子
ロシアが戦争を始めて一年が経とうとしています。どうしたら終わらせることができるのでしょうか? どうして世界中の国が一致して「それは違うぞ!」と強く、強く言えないのでしょうか? 私達は、子どもには間違ったことをしない、正しいことをする力をつけて欲しいと願っています。それなのに、こんな大間違いが一年間も正されずにいるのです。世界中の政治家は、大人たちは、いったい何をしているのでしょうか。
こんな事を書いている私も、何もしない大人の一人です。恥ずかしく、情けない思いではありますが、今年こそ、平和に向けて僅かでも歩み出したいと思っています。高校生平和大使のスローガン『ビリョクだけどムリョクじゃない』は大きな励ましとなる言葉です。私に戦争を止める力など、勿論有る筈がないけれど、全く無いわけではないと信じます。たとえ限りなくゼロに近くても・・・。
聖書には、
平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。(マタイによる福音書5章9節)
とあります。「平和な人」ではなく「平和を実現する人」となっているあたりが、人は昔から争っていたことが伺えます。この平和が意味するものは、戦争がない世の中というだけでなく、身近な人と仲良くする事でもあるそうです。世界平和を訴えながら、家族や近しい人と揉めている、愛せないでは、平和を実現する人ではないというのです。ちょっと耳が痛くなってきました。
さて、私たちの職場はどうでしょう。子ども達に仲良くしなさいと教えながら、私たち大人は本当の意味で仲良くできているのでしょうか? お互いを信頼し、思いやりながら働けているのでしょうか? 意見の違いは有って当然ですが、子どもの育ちを支えるという上位目的に沿って一致点を見出すような話し合い・働きがなされているのでしょうか?
がんぼうホーム開設から丸六年が経ちました。また、伊東睦子さんと一緒に働いてほぼ三年になりますが、本当に力のある職員とは、こういう人なのだと感心させられます。正しい判断、子どもへの接し方など、とても勉強になった三年間でした。学ぶべきところは多くても、実際学べたかは定かではありません。大人だし、年も年だし、私は可塑性が低いからです。ただ、限りなく低いけれど、変われる可能性がゼロではないと信じて成長していきたいと願っています。
石上館 小六 R・掬泉寮 中三 S
ざんりゅう行事の感想
ぼくがざんりゅうで楽しかったのは4つあります。1つ目は、前半の時にのったスノーモービルです。竹中先生とふじた先生がうんてんしてくれました。スピードがすごくでてたのしかったです。
2つ目は、後半のときに行ったワカサギつりです。最初は全然つれなかったけど少し時間がたつとつれてきました。何回かえさをつけましたけどその時に虫がさわれなくて、10分ぐらいじかんをつかってしまった。と中で虫を切ったらつれやすいというのがわかって虫を切ってやったらすごく早いスピードでつれて楽しかったです。
3つ目は、前半と後半にあった焼肉です。前半に外でやり後半はかまくらの中でやりました。前半は、サガリやタンなどいろいろたべて後半では熊やしか肉をたべました。自分も初めてやいてみてすごく楽しいなと思いました。
4つ目は、旭山動物園とびっくりドンキーです。動物園では、ぼくが一番好きな動物のフクロウもいてうれしかったです。でも、いない動物もいましたが、フクロウがみれたのでよかったです。帰りにびっくりドンキーに行きました。ぼくは1回目はドンキー満喫セットをたのみました。2つ目は、300gのハンバーグとアイスをたのみました。いっぱい食べれてまんぞくでした。次またきかいがあればいきたいと思いました。
冬帰省を経て
僕は、帰省をするのが、夏と今回二回目になりました。そして、初めての全期間帰省でした。僕は、家庭学校に入所して一年がたちました。この一年間で僕は、家庭学校で様々な経験をしました。楽しかった事、うれしかった事、頑張った事、もちろん苦しかった事もありました。前置きが長くなってしまいましたが、帰省では楽しむ事はもちろんですが楽しむだけではなく、家のお手伝いなどその時、自分ができる事を積極的に行い、この一年間で、成長した事を親に感じてもらえる様にこころがけ、今回の帰省にのぞみました。
今回は二週間、帰省期間があり年末年始や僕の誕生日もありましたが、のんびりした日もありました。冬帰省で一番、思い出に残っている事は、やっぱり年末年始です。年末年始では、久しぶりに家族全員が集まり、楽しい一時をすごしました。三十一日は、夜ご飯が豪華で、お寿司を食べました。僕は、食べ物の中で一番お寿司が好きなので、すごく嬉しかったです。その日は年越しまで、おきていました。この様に帰省では、毎日充実した日々をおくり、その中でも家のお手伝いなどに積極的に取り組み、親と今後の事をよく話し、よく考え、ただ楽しかったで終わらない様に帰省期間をすごしていました。
そして冬帰省を経て僕は、残り少ないここでの生活により磨きをかけ、高校受験にももっと前向きなしせいで取り組もうと改めて思いました。これからも親に成長したと思ってもらえる様に日々、努力したいと思います。