このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。
 職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。
※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。


2015年05月号

「ふるさとの山」

校長 仁原正幹

 四月十六日・十七日の両日、東北・北海道地区の児童自立支援施設長会議があり、盛岡に旅してきました。年に一度、東北・北海道の九人の施設長が一堂に会して情報交換や検討・協議を行っており、今回も大変有意義な会議となりました。岩手県立杜陵学園の皆さんには、施設見学も含め二日間大変お世話になりました。

 幸運なことに、盛岡には平年よりも八日も早く桜前線が到来したとのことで、十七日には市内の桜がほぼ満開の状況になっていました。雪を頂いた岩手山とのコントラストが素晴らしく、大勢の花見客の目を楽しませていました。裁判所の前庭に立つ石割り桜も見事な咲き振りで、初めて見る力強い雄姿に圧倒されました。

 子ども達へのお土産に南部せんべいを求めようと、ショッピングモールを見て歩いているときに、ふと目に留まったものがありました。『啄木の詩クリアファイル』という商品で、石川啄木の短歌が岩手山の写真を背景にプリントされていました。

ふるさとの山に向ひて

言ふことなし

ふるさとの山はありがたきかな

 この歌は誰もが口ずさむほどポピュラーなもので、私も少年時代から馴染んでいました。富良野市山部で育った私にとって、この歌からイメージするふるさとの山は、北の秀峯・芦別岳ということになります。山登りの楽しみを覚えた山でもあり、朝な夕なに仰ぎ見る芦別岳に思春期のいろいろな思いを重ねておりました。

 盛岡出身の石川啄木にとってのふるさとの山は岩手山で、この歌は岩手山をモチーフにして詠んだ歌だったのだと、今さらながら思い至りました。

 昨年、夏休みの残留行事で子ども達を地元の平山(ひらやま)という山に連れて行くことを思い立ちました。北海道百名山にも入っている北大雪の雄峰です。音楽室で事前のレクチャーをしているときに、念のために子ども達に登山の経験を聞いてみました。そのとき、一人の小学生が手を挙げて、平和山の名前を口にしました。

 平和山は北海道家庭学校の敷地内の最高峰で、校祖留岡幸助の月命日に登っている山なので、生徒たちにとっては最も馴染みの深い山なのかもしれません。林道を二十五分ほど歩けば登頂できる里山で、本格的な登山にはほど遠いのですが、家庭学校の生徒にとってはかけがえのないふるさとの山になっているのかなと思いました。

 ふるさとの山はいくつになってもありがたいものです。大人になった彼等が、社会の荒波に揉まれてくじけそうになったときに、平和山を思い浮かべて元気を取り戻してくれたらいいなと、願っています。

2015年05月号

平成二七年度の事業計画について

企画総務部長 軽部晴文

 昨年、北海道家庭学校は創立百周年という大きな節目を迎え、今年度から第二世紀の歩みを始めました。

 三月二六日に社会福祉法人北海道家庭学校の理事会が開かれ、平成二七年度の事業計画及び予算が成立しました。

 北海道家庭学校の本年度の事業の方針については、これまでの方針を継承して参ります。児童一人一人が抱える課題の背景や要因を深く理解し、民間の児童自立支援施設としての特色を生かし、児童の自立に向けた成長を支援します。

 児童の課題に対処するために、職員の外部研修を積極的・計画的に進め、社会の要請に応ええる職員像を目指すと共に、校内研修を通じて校祖の理念の徹底にも努めます。

 公教育が導入されて六年が経過しました。改めて申すまでもなく、分校との連携は不可欠のものです。分校にはこれまで家庭学校の考えに十分な理解を示して頂いてきました。今後も児童の福祉の増進のため、定期的な検証を重ねる機会を設けると共に、両者間の一層の連携強化に努めて参ります。

 中学を卒業した児童への取り組みについては、進学・就労など児童一人一人の進路に応じた魅力的で工夫されたプログラムを提供し、年長児としての自覚を促し、自立に向けた支援を行います。

 自らの手足を動かし、汗を流すことで生きる知恵を身に付け、物事を成し遂げる体験から達成感と自信を持ってほしいと考えています。作業班活動や寮作業など、家庭学校ではこれまで作業を児童の成長に欠かせない機会と捉えてきました。今年も校内では生徒と職員が共に汗を流し、多くの事を感じ取って貰いたいと願っております。

 四季折々に催される行事を通して児童の生活に変化と潤いが生まれ、外部の人たちと接することで、コミュニケーション能力が高まると考えています。各種行事が児童の成長を促すきっかけとなることを願っております。

 百周年記念事業に寄せられた多くの御芳志により、博物館の再整備や礼拝堂の鐘の復元などを既に実施済みですが、その他の浄財を積立金といたしました。今後は準備が整い次第、順次以下の事業を取り進める予定でおります。

• 自立援助ホームの設置・運営

• 本館内教室の増設

• 就学・就労援助事業の実施

• 百年史編纂

 礼拝堂が道の指定有形文化財の指定を受けました。礼拝堂は家庭学校の象徴的な建物であります。今後は昨年再整備した博物館と共に広く一般公開に努め、これまで以上に適切な維持・管理を行って参る所存です。

2015年05月号

書記として

企画総務部書記 加藤留美

 この度4月より、本校で事務職員として採用され一ヶ月が経とうとしています。事務の仕事はもちろんですが、その他にも誕生会行事では給食棟で調理のお手伝い等もさせていただきました。その時には、調理の配膳や各寮の出し物等をしている生徒の皆さんの姿を見ることができ、良い機会となりました。

 事務室で仕事をしておりますと、生徒の皆さんと顔を合わせる機会があまりなく、廊下ですれ違う時等に挨拶を交わす程度ですが、現在の印象としましては、生徒の皆さんの方から積極的に挨拶をしてくれることも多く、またこちらからの挨拶にもしっかりとした対応が見られ、頼もしい感じを受けています。

まだ一ヶ月程ですが、そのような生徒の皆さんの姿を見ていると、意欲的で活動的な反面、とても繊細な一面をも感じることもあります。大人である私の言動も、日々しっかりと意識しながら自分を律して過ごしていかなくてはと、強く感じているところです。

 さて、昨年創立100周年、そして今年3月25日には礼拝堂が北海道指定有形文化財の指定を受ける等の大変歴史のある本校に、この度縁があってお世話になることになりました。本校の広大で自然に恵まれたこの場所で、100年に渡る歴史と伝統を引き継ぎ守りながら、微力ではありますが力を尽くして参りたいと思っております。

 まだ勤務して間もないということで、わからない事も多々あり、皆様にご迷惑をおかけすることもあるかとは思いますが、各方面からご教示いただきたいと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2015年05月号

よろしくお願いします

望の岡分校教頭 神谷博之

 望の岡分校に着任し、早くも一カ月が過ぎました。教員になって二十六年目を迎えたにもかかわらず、この間、毎日が新鮮でした。理由は二つあります。

 一つは、これまで小学校の勤務経験しかなく、中学校での勤務が初めてだということです。同じ義務教育でも、小学校と中学校ではいろいろと異なる点があることに、今さらではありますが、気付くことができました。

 もう一つは、望の岡分校が児童自立支援施設に併設された公立学校であるということです。これはなかなか経験できる事ではないので、赴任された方はみなさんきっと新鮮に感じることと思います。

 そんな二つの理由により、今まで知らなかった、経験したことのなかったことに毎日巡り合う事ができます。例えて言うなら、ピカピカのランドセルを背負った小学一年生の気分です。毎日がドキドキ、わくわくの連続で、楽しい日々をすごしています。

 校舎周辺の環境にもドキドキ、わくわくしています。豊かな自然の中にある学校ですので、この環境を生かした学習を展開することができます。その最たるものは、施設の先生方と共に取り組んでいる作業班の学習でしょう。私はまだほんの数回ですが、子どもたちと一緒に学習し、その教育的な意義を実感することができました。酪農や作物栽培、山林の作業などに取り組むことで、子どもたちは逞しく生きていく力や仲間と協力して事を成す喜び、自然に対する畏敬の念など、様々な事を学んでいるのだと思います。

 さて、先に、自分のこれまでの経験との違いについて記しました。しかし、基本は同じです。どんな学校に赴任しようと、私が最優先で努力しなければならないことは一つです。それは、子どもたちの未来を少しでも明るく幸せなものにするための教育活動を進めることです。

 四月六日の着任式、私は子どもたちに「分校での学習を楽しんでほしい」と振り子の原理を応用したパフォーマンスを交えて話しました。様々な背景があり、ここで学習することになった子どもたちです。きっと学習は嫌いでしょう。ですが、今まで知らなかったことを知ったり、できなかったことができるようになったりすることは、本来とても楽しく、嬉しいことです。子どもたちには、そんな学ぶ楽しさや喜びを感じてもらいたいと思っています。いずれ施設や学校という守られた空間から社会に羽ばたいていく子どもたちです。社会では毎日が学びの連続です。社会生活での学びから逃げていては、生きていくことができません。望の岡分校で学ぶ楽しさや喜びを実感することが、子どもたち自身の手で未来を切り拓いていくことに繋がっていくのだと信じています。

2015年05月号

心構え「着任にあたって」

分校教員 尾崎浩一

 4月1日、紋別渚滑中学校より着任しました。おざきこういちです。

 3週間が過ぎ、午前の学習活動、給食、午後の作業活動、ようやく生活のリズムが体に馴染んできました。がこれからが本格的になると思うとちょっと・・・ 。

教科は数学が本職ですが今年度は2年生英語基礎クラス、1・2年生の技術も担当します。英語に関しては生徒とともに学んでいきたいと思います。

 午後の作業は山林部です。過去に薪ストーブを使っていたので家庭内では薪割りは自分の仕事でした(家族は手伝ってくれません)。たいへんな作業ですが子どもたちはよく働いています。家庭学校の先生、子どもたちの足手まといにならないように頑張っていきたいと思います。

 給食はたいへん美味しいです。幸せです。体重を増やさないようにしないと(年なので)・・・ 。

「汝の着任地を愛せよ。」・・・島﨑英夫先生が大阪府立高校に着任したときに先輩教師が贈ってくださった言葉です。自分の学校を愛すること、生徒や教職員を愛すること、学校のある地域を愛すること、これが職務を遂行する際の基盤であると思います。

ただ、「好きになる、愛する」と心の中で念じていても、本当に好きになれるかどうか甚だ心許ないものです。コトバは不思議なチカラを持っています。自分の中に既にある夢のカケラ、夢の芽生えを大きく育てるためには「コトバ」のチカラが絶対に必要です。モワッとした気持ちにカタチを与えるのは言葉です。自分の気持ちをまとめ、外に表現していく、その「コトバ」の訓練は教師として必要不可欠なことだと思います。もっと言えば、言葉には、そのコトバを口にするまではそこになかったものを創りあげてしまう不思議なチカラもあります。自分の中のチカラを引き出すために夢のあるコトバを発しつづけて行きたいと思います。

新任で紋別中学校、その後、上湧別中学校、北見高栄中学校、置戸中学校、紋別潮見中学校、紋別渚滑中学校で勤務してきましたが、まだまだ力不足で皆さんにご迷惑をかけることが多々あると思いますがよろしくお願い致します。望の岡分校で勤務できることをたいへん嬉しく思っています。

2015年05月号

<新高校一年生特集>

生徒の作文

  入学にあたって

          向陽寮 ユウト

 僕は、今年の3月28日に石上館から向陽寮に移りました。向陽寮の第一印象は、みんな楽しそうだな、というのがありました。けれど自分は、中学1年生の時に、中3を卒業したら行きたい高校がありました。それは、地元にある高専です。学力が少したりなく、高専はやめて工業か商業に行こうと思いました。工業では、自分のやりたい情報処理の勉強ができるし、商業では簿記が好きなので興味をもっていました。けど、中3を卒業しても高校に行かず、中卒になると知って少しがっかりしました。

 中卒になってからは、自分の進路がどうなるか分からなくなり、先生方への暴言などが多い時期もありました。前まで行きたかった高校は、自分の同級生が上にいるのがいやで、全日制には通いたくありませんでした。親は、高専に入るなら自宅に戻すことを考えるなどいっていましたが、一年ブランクのある者が到底入れるわけもなく、あきらめていました。ですが、児相と親の方で話し合った結果、一年の間は向陽寮で、二年目以降はどこか違う高校に編入してもいいと言ってくれました。その話は、一年目の生活ぶりできまるので、問題などをおこさないようにしていかなければなりません。なので、これからの生活を頑張っていきたいです。

 高校が始まってからは、新入生歓迎会などを通して、先生や上級生との関わりが多くなりました。わからない事や、聞きたい事があったら聞いてと言われたりして、入学後は不安などはありませんでした。頼れるところは頼り、自分でできそうな事は自分でやれるようにしていきたいです。高校では、将来役に立つ資格などを取って、就職や就学に活かしていきたいです。

 高校を卒業したら、札幌の方の専門学校に行きたいです。そこで、専門的な知識を身に付けて、安定した収入を得られるようにしていきたいです。


  高校へ入学して

          向陽寮 ナオキ

 自分は、この家庭学校に入校して一年が経ちました。最初の頃は、先生方の話もロクに聞かず、自分の好きな様、思った様に行動をし、周りに迷惑ばかりかけていました。問題行動もしばしばあり、反省(特別日課)等になる事も多かったです。様々な行事も、参加したり、参加する事ができなかったり、自分だけでなく人を巻きこんでしまったり、とても良いと言える生活状況ではありませんでした。

そんな中で、自分にとって成長する場となった運動会がありました。練習でも頑張ることができ、本番でも勝つ事ができました。なにより一番うれしかったのは、親が見にきてくれた事です。昔は、迷惑をかけ、トラブルばかり起こしていましたが、そんな自分のためにわざわざ見に来てくれた事がとてもうれしかったです。この時、親と話をして、自分の為、将来の為に高校に行く事を決心しました。

それから半年の間、良い事ばかりとは言えませんが、なんとか高校に入学する事ができました。あまりいい状態ではありませんでしたが、先生方のおかげで向陽寮に入寮することもできました。

高校へ入学するにあたって、これまでの自分を捨てる事を決めました。これからの自分は、向陽寮の生活、作業、高校の授業、部活動で成長していき、それら全てを自分の物にし、自分という存在を作っていこうと思っています。色々迷惑をかけてしまう事もあると思いますが、これからよろしくお願いします。また、今後も温かく見守ってくれたらうれしいです。

もう学校に入学してから三週間目ですが、行事では、新入生歓迎会で、バレーボールと、汽車ゲームをしたりしました。他にも、進路説明会や、今週には、北見に行き、大学、専門学校の進路見学会(ガイダンス)等があるので、何事も積極的におこなっていきます。テストも、もうそろそろあると思うので、とりあえずは、学年3位以内に入りたいと思っています。勉強、部活等、自分にできる最大限の力で頑張っていきます。


  進学について

       向陽寮 ユウイチ

 自分はこの4月から遠軽高校定時制に通います。最初は、三年間学校に通い続けられるか問題を起こさず学校生活を送れるか不安でした。自分は3月28日に向陽寮に入りました。M君やS君からいろんな学校の話だったり友達の話などを聞いて不安が楽しみに変わりました。学校にはS君達がいるので、何も心配はなかったです。でもめんどくさいのも多少あったりします。それでも楽しく高校生活を送りたいので色々な事をやりたいと思っています。

中学の頃は何もかもがめんどくさくて学校に行かなかったり、行っても勉強しないで寝てたりゲームをしたりして中学校生活を送っていたので、高校では同じ事をくりかえさないように楽しんで学校に行きたいです。

卒業までに17単位取らなければダメらしく、資格も取らなければ単位が取れないので大変だなあと思いました。今のところ取りたい資格がピンと来ていないので、今悩んでいるとこです。

寮作業で年間3単位も取れるので、けっこう良いと思いました。3年間での単位、残り8単位を取れれば卒業できます。

高校は色々な行事があります。まず一番最初の行事が新入生歓迎会です。そこでまず、ジャンケン列車をやりました。その後バレーボールをやりました。自分が入ったチームは3位でした。けっこう強かったです。次の日、筋肉痛になりました。あんまり動かなかったけど。あんまり話せませんでした。でもその日の放課後に色んな人と話をしました。

その後すぐに問題を起こしてしまい、学校に行けませんでした。部活も当分できないと言われ、最悪でした。でも自分でやったことだから次、繰り返さないよう頑張ります。

5月の宿泊研修の時に、今以上にクラス皆が仲良くできるようにまとめていきたいと思います。