このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。
 職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。
※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。


2024年02月号

「冬の家庭学校」

校長 軽部晴文

 今年の正月は能登地方での地震や羽田空港での事故等が続けて起き、新年を祝うという状況ではありませんでした。この災害でお亡くなりになられた方、今も避難生活を続ける多くの方々にお悔やみとお見舞いを申し上げます。厳寒のこの季節に避難生活を送らなければならない方々の健康が損なわれない事をお祈りするだけです。

 元日の夕方に能登地方で発生した地震は、正月を学校で迎えた生徒たちと一緒に寮舎で知りました。テレビが緊急地震速報を伝え、能登地方で大きな地震が発生したことを告げました。当初は津波の心配はないと伝えられていましたが、間も無く津波の発生が想定されることになり、さらに大津波となって押し寄せる可能性へと、報道内容の緊迫度が増していきました。地震発生時ゲームをしながらテレビを見ていた生徒も、次第にテレビの前に集まっていました。能登地方と北海道、遠方で起こっている状況であっても強い関心を持ってテレビを見つめていました。

 一月の震災というと阪神淡路島大震災を思い出します。もう二九年前になるのですが、あの時衝撃的な映像が流れているのを、すぐには現実のものと受け止められませんでした。そして東日本大震災では、大津波が各地に押し寄せる映像に言葉を発することも出来ませんでした。災害はそこで暮らす人々の都合など全く関係なく起こるわけですが、何も正月元旦に発生しなくてもいいじゃないか、冬の時期に起きなくてもいいじゃないかと思わないではいられませんでした。

 私たちの住む、北海道オホーツク地方にはこの時期になると流氷が押し寄せます。今年は先月二十二日に網走に接岸しました。流氷が押し寄せるとこの地方では朝の最低気温がマイナスニ十度を下回ることが珍しくありません、本当に冬季間は厳しい季節となります。

 以前東京からの見学者に「家庭学校の生徒さんは冬の間は何をして過ごすのですか」と質問された事がありました。その方は冬の厳しい北海道では生徒の活動は屋内中心になると思っておられたようでした。とんでもありません、この時期になってこそ行える活動が冬の北海道には沢山あります。家庭学校においても同様です。スキー学習やスキー大会、雪像造りといった行事が予定されます。作業活動ではもちろん除雪は欠かせません、他にも家庭学校ならではの作業として校内の山林で行う造材作業があります。気温の低い屋外での活動は体力も神経も使いますが、この季節を過ごした生徒は間違いなく成長し、春には逞しくなった姿を見せます。留岡幸助先生が厳しい自然が子どもを育てると述べた通りです。

 スキー技術を体得する。北海道でも、住む地方によって気候が大きく異なります。日本海側では雪が降りますが、太平洋側ではほとんど雪が降ることがありません。そのため太平洋側の地方で育った生徒はそれまでスキーをやる機会がありません。オホーツク海地方は雪が降るので、家庭学校に来て初めてスキーを体験することになります。窮屈なスキー靴を履き、スキー板を自分の思った通りに操作するようになるまではなかなか苦労することになります。学校には神社山と称するスキー場がありますが、スキーの基礎を身に付けないと転倒によるケガが心配です、しっかりとしたスキー技術を身に付けてもらうために、四十年以上も前から陸上自衛隊遠軽駐屯地の協力を頂き、一月下旬にスキー学習と称して、四日間程集中してスキーを教わる期間を設けました。お陰で初めてスキーと出会った生徒もみるみる上達するのが目に見えます。隊員の方の的確な指導法と、失敗しても何度も丁寧に向き合ってくださるものですから、生徒の表情もどんどん輝いてきます。かつてスキーを教えて下さる教官の姿に憧れて自衛官になった生徒が居たほどでした。

 厳寒期の作業。家庭学校の冬の作業の一つに校内林で展開される造材作業があります。校内林の約七割は人工林です、過去多くの先輩たちが植林を行い育ててきた林が広がり圧倒されます。植林された苗木はより立派な木に育てるため計画的に間伐作業を行う必要があります。多くは専門業者に依頼して行っていますが、一部を生徒・職員の手で行います。実際の作業では、職員の手によって倒された木は、その後決められた長さに切られます、生徒はその切られた材を集積所まで運ぶことが主な作業となります。

 作業等で共通して言えることは、どんな作業にもコツがあることです、木を担ぐにもコツがあり、そのコツを掴むと意外にも楽に担げる様になります。生徒は無理をしない範囲で少しずつ太い木を担げるようになる事を誇らしげに思っているのです。長く在籍している生徒は、昨年の自分と比べ、体力が付いた事を実感出来るのです。

 スキー学習の最終日、十七、八年振りにスキーをやってみました、初めはスキー学習を見学するつもりでいたのですが、だんだん一緒にやりたくなってしまいました。やれるか心配もありましたが体が覚えていました、一度覚えたものは忘れないものだと実感しながら一日生徒と一緒にスキーを楽しめました。この春退所が予定されている生徒がいます、彼は退所後雪の降らない地方に行きます、次にいつスキーをやることになるか分かりませんが、一度覚えた技は体が覚えているから、機会があったら是非やるようにと伝えたら、小さく頷いていました。

2024年02月号

冬季残留寮での過ごし方

参事(調整・管理)竹中大幸

 今年度の冬季残留生活について話したいと思います。冬季一時帰省期間は送り迎えの移動日も含めて、令和五年十二月二十七日から一月九日の十四日間でした。二十三名の在籍児童がいるなかで、冬休み全期間をとおして残る児童がいたり、前後半で入れ替わる児童がいたりしたことにより、三名から七名が残留寮の柏葉寮での対応となりました。私は主に後半にあたる一月三日から一月七日までの対応をしました。ここで残留中の行事を振り返ってみたいと思います。

 先ず三日に町内のパークゴルフ場でプレイして上湧別チューリップの湯での温泉入浴をしました。雪上でのパークゴルフは初めてだったため、力加減がわからず雪に埋もれたり転がりすぎたりと思うようにいきませんでしたが十分に楽しめました。その後の入浴も、引率児童が七人と多めでしたが他の入浴客のことにも気を配って入浴できたと思います。

 四日のバーベキューの日は帰省していた児童と残留児童の入れ替えがあったため寮の外で行いました。肉や野菜は勿論のこと、職員が用意した手動コーヒーミルを使ってコーヒーを飲んだり、マシュマロを炙りながらビスケットやチョコレートで食べたりと楽しんでいました。

 五日のカラオケのときには入れ替えのため子どもは三人しかいませんでしたが、それぞれが好みの曲を披露しました。

 その中で「三年目の浮気」という四十年くらい前の曲を小学五年生が歌ったのには驚いたというか笑ってしまいました。

 六日のカーリングは私以外の参加者は初めてでしたが、講師の方に丁寧に指導していただき、転ぶこともありましたが怪我をせず楽しめました。

 七日にはワカサギ釣りを予定していましたが、子どもの希望があり北見でのスケートに変更をしました。靴のサイズが合わずに上手く滑ることができない子がいましたが、時間いっぱい楽しんでいた様子がうかがえました。

 冬休み中の何気ない過ごし方に思われますが、家庭学校に来ている子どものなかで、外出をして遊ぶという経験をしたことがないという子どもはたくさんいると思います。どんな事情があるにせよ、親元から離れて暮らすということに少なからず不安もあることでしょう。

 ここでの生活において、いろんな人と触れ合い、支えてくれているということを残留中に実感してもらえれば幸いです。 最後に、食事作りや一緒に対応していただいた職員に感謝の言葉とこれからもよろしくお願いしますと伝えたいです。

2024年02月号

感謝

指導主任 平井敬二

 先日、月曜会の西塚会長の紹介で、理容店を閉じられた方から理容椅子二台を寄贈頂きました。

 理容椅子は、月曜会の皆さんが当校に来て散髪奉仕をして頂くときに、生徒が座る椅子で、現在寄贈頂いた物が十台ほどあります。

この日は、遠軽から片道四十六㎞の道のりを紋別まで当校の二トントラックを走らせて取りに行ったのですが、土曜日の営業時間中にもかかわらず西塚会長もトラックに同乗されて、紋別の理容店までの道案内、理容椅子二台の積み込みまで手伝って下さいました。本当にありがたいことです。

 月曜会(理容ボランティア月曜会)の活動の始まりは、昭和五十二年十月三十一日(月)からで、当時のサナプチ日記を見ると、「十月三十一日(月)晴、遠軽町理容組合塗師千城氏外五名散髪奉仕に来校、朝八時半より午後二時すぎまでかかり全生徒の調髪に精を出す。」(「ひとむれ」第四百二十八号より)とあります。この時の生徒数を調べると、八十名でしたので相当大変だったことでしょう。月曜会の皆さんが来て頂くまでは、寮母さんが子どもたちの散髪をしていたようですが、学校関係者からある方を通して理容組合の方に話があり協力して頂けることになったそうです。この時から現在に至るまで四十七年もの長きに渡り、年間七、八回遠軽町で理容室を営業している皆さんで、月曜日を定休日としている方々が十人前後無料でカット・顔そりなどの散髪奉仕をして下さっているのです。また、散髪だけに止まらず、秋の園遊会では毎年イモ団子とカボチャ団子のお汁粉のお店を出店して下さり、子どもたちにも大人気です。地元遠軽町の皆さんの継続的な支援には、感謝しかありません。

 長年の継続的な支援を頂いている団体に「北海道家庭学校後援会」の存在もとても大きな物です。「北海道家庭学校後援会」は、施設の運営に要する費用が児童数に基づいて交付される措置費によって賄われている中、年々児童数が減少し財務状況が不安定になり、貴重な財源であった山林事業の立木収入も国内木材価格の激減により振るわず、寄附金収入も国内経済状況の影響や支援者の高齢化等により収入の減少を余儀なくされ、自己資金の調達が困難な状況にあった当校を支援したいという全国の有志により、後援会を組織し会員を募り会員が拠出する年会費をもって財政的支援を行う趣旨のもと平成十三年に設立されました。現在会員数は全国で法人・個人を含め六百四十七件、支援額は設立時から令和四年度まで延べ二十一年間で六千三百十四万円にものぼります。当校の運営において、本当に貴重な財源となっております。

 その他遠軽自衛隊の隊員さんによる冬場のスキー指導、夏帰省で帰れない子どもたちへの釣り船提供、園遊会への町の方のボランティア出店、歴史資料・石器等の整理などまだまだ書き切れないほどの人的・物的・財政的支援があったからこそ、百十年もの間施設運営をすることができたのだと思います。

 今までご支援いただいた皆様、ありがとうございます。そして、これからも当校の活動を支えていただければ幸いです。