ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2018年11月号

「礼拝堂の額の教え」

校長 仁原正幹

 秋も深まった十月十五日、恒例の園遊会が本館前庭で開催されました。今年は暖かな陽射しにも恵まれ、木々の葉が明るい陽光を浴びて黄金色に煌(きら)めく、絶好の園遊会日和となりました。

 三時間目までの授業を終えたワクワク顔の子ども達を囲んで、望の岡分校の先生、家庭学校の職員、そしてお馴染みのボランティアグループの皆さん、さらには大勢のお客様が本館玄関前に大集合。子どもも大人も皆それぞれが各人の役割を果たし、全員で盛り上げたお陰で、子ども達の心に残る素晴らしいガーデンパーティーになりました。多くの皆様のご支援・ご協力に心より感謝申し上げます。

 また同日は、遠軽町役場がJOCの役員、国や道などの森林行政機関のほか大勢の関係者を招いて「東京五輪展示林」の間伐のイベントも行われました。TVや新聞などの報道各社も押し寄せ、大変賑やかな一日となりました。

 伐採した木材は二〇二〇年の東京五輪に向けて建設中のオリンピックミュージアムの壁材などに加工されるほか、椅子や記念グッズなどとしても汎用される計画が進められています。家庭学校の先輩方が五十年間大事に護り育ててきた「展示林」が広く国際親善のお役に立つことは、今の家庭学校で暮らす我々にとっても誇りであり、喜びとなっています。

 さて、その前日の十月十四日の日曜礼拝の折に、月例の校長講話を行い、礼拝堂に掲げられている三つの額について紹介し、校祖・留岡幸助が大事にしていた教えを、百年後の生徒と職員に伝えました。以下、礼拝堂での校長講話の概要を記させていただきます。

    ○

 十月の校長講話のお話をします。

 毎月の校長講話のときに、北海道家庭学校の歴史と伝統についてお話しすることがよくありますが、今日はこの礼拝堂の右と左の両側の壁に掲げられている額について、お話ししたいと思います。ちょっと難しい文章なので、なるべく易しくわかりやすく説明するつもりですが、みんなも集中して聞いてください。

 まず、右側の校祖・留岡幸助先生の写真の上にある額です。実はこの字を書いた人は、みんなの正面に掲げられている

お馴染みの『難有』の額の字を書いた人と同じ人です。幸助先生の友人で、当時の網走監獄の典獄、今で言えば網走刑務所長の大谷友次郎という人です。

 書道の名人のようで、筆字の文字が達筆過ぎて、読むのがちょっと難しいよね。

それで、みんなにわかりやすいようにパソコンで打って、拡大コピーして持ってきました。これです。昔の書き方なので、右から左に読みます。

 『無田甫田維莠驕々』

 幸助先生は今から百四年前に今の北海道家庭学校を開かれたわけですが、北海道に向けて東京を出発する際に、お別れの挨拶をしに訪ねた人の中に江原素六という人がいて、この人は東京の家庭学校の支援者であったようですが、その人から贈られた言葉だそうです。中国の古典の『詩経』の中に出てくる文だそうです。

 右の二つの文字「無田」は「たづくるなかれ」と読みます。「田んぼを作らないように」という意味です。ここでは「田」は名詞でなく動詞なんだね。次の二文字「甫田」は「ほでん」と読み、「広くて大きな田んぼ」という意味です。だから、「広くて大きな田んぼは作らないようにね」と忠告しているんですね。

 それはどうしてなのか、その後の四文字で理由が述べられています。「維」は「これ」と読み、感嘆詞的に判断の対象を強調的に使い、「まさに」という意味です。次の字「莠」はここでは「ゆう」と読み、「はぐさ」とも読むのですが、

「水田に生えて稲を害する雑草」のことです。その後の「驕々」は「きょうきょう」と読み、「おごりたかぶる」という意味の「驕」の字を二つ重ねてより強調していて、「雑草が勢いよくボウボウに生える」という意味になると思います。

 ということで、通して読むと、「ほでんたづくるなかれ、これゆうきょうきょう」となり、「むやみに広くて大きな田んぼを作ったら、その管理が十分にできなくなって、雑草がボウボウに生えてしまって稲が実らなくなるので、大き過ぎる田んぼは作らないようにね」という意味になります。この場合の田んぼは「仕事」とか「事業」を表す一種の象徴として使われています。「自分の能力に余ることに手を出してはいけない。結局何もできないで失敗に終わる」という教訓を示しているのだと思います。

 幸助先生はとにかく一生懸命に頑張ってどんどん事業を大きく広げていく人なので、「自分が仕事を大きく広げてやり過ぎることを江原素六がよくわかっていて、ムリしないようにねと忠告するためにこの言葉を贈ってくれたのだ」と、そういうふうに解釈して、忠告をいただいたことに大いに感謝しました。そしてその大事な教訓を忘れないようにするために書道の名人で友達である大谷友次郎に書いてもらって、その字をこうやって大きな木の板に彫って、このように礼拝堂に掲げたのだと思います。

 ちょっと難しかったかな。もう一つあるので辛抱して聞いてください。みんなの左側の留岡清男先生の写真の上にある額を見てください。

 『力田而食布衣亦尊』

 右の二つの文字「力田」は「りきでん」と読みます。「一生懸命働く、農業に励む」という意味です。次の二文字「而食」は「しこうしてしょくす」と読み、「しょくす」とは食べる意味から発展して、ここでは生活するということを表しているようです。前の二文字から続けて「一生懸命働いて生活しているならば」という意味になると思います。

 その次の二文字「布衣」は「ふい」と読み、布とか衣服を表していて、ここでは「粗末な衣服を着ていても」ということを象徴的に表しています。最後の「亦尊」は「またとうとし」と読み、全部を通して読むと、「りきでんしこうしてしょくす。ふいまたとうとし」となり、「一生懸命働いて生活しているならば、粗末な衣服を着ていても、地位もお金もなくても、尊いものだ」という意味になります。象徴的で、ちょっと飛躍があって、想像するのが難しいかもしれませんが、そのような意味だといわれています。

 この額の左端に「蘇峰正敬」と書いた人の名前と号が記されていますが、明治時代の有名な評論家、ジャーナリストの徳富蘇峰という人です。幸助先生は同志社で神学を学んだのですが、徳富蘇峰はその同志社の先輩で、互いに信頼し合う間柄の人だったようです。蘇峰は奥さんと一緒に北海道家庭学校にも訪ねて来ています。そのとき書き残した書を基にこの額を作ったんだね。昔の偉い人は旅行先で筆で字を書いて書を残すことがよくあったようです。因みに徳富蘆花という人は知ってるかな。明治時代の有名な小説家で『不如帰(ほととぎす)』とかを書いた人です。徳富蘇峰は徳富蘆花のお兄さんです。この二人のこと、社会科か国語の授業で習ったことある人いないかな。 

 右の額と左の額と、そしていつも話している中央の『難有』の額、この三つの額には、幸助先生が生き方の指針として生涯大切にした言葉が記されています。自分自身も、そして家庭学校の生徒も先生もみんながよく目にするように、三つの額がこの礼拝堂の三方に掲げられているんだね。爾来百年にわたって今の私達にも教訓として伝えられています。

 ところで、明日は毎年秋恒例の「園遊会」があって、大勢のお客さんも見えるね。昨日はみんなで一生懸命環境整備や会場づくりなどの準備をしていたね。道具を取りに走って移動している人もいました。しっかり頑張ってるな、随分と成長したなと、嬉しく思って見ていました。

 北海道家庭学校には百年を超える長い歴史の中で護られてきた素晴らしい伝統と尊い教えがたくさんあります。百年間のことを世紀といいますが、北海道家庭学校は一世紀が過ぎて、二世紀目、新しい世紀に入っています。一世紀の歴史と伝統の上に、新世紀の北海道家庭学校の歴史を創っていくのは、今ここにいる生徒の皆さんと先生方です。

 家庭学校の先生も望の岡分校の先生も、皆親身になって君達のことを支えてくれます。ここで暮らす時間を大事にしようね。お互いに協力し合って、切磋琢磨しながら、共に成長していきましょう。

 十月の校長講話のお話を終わります。

2018年11月号

全国研修・明石学園を訪問して

竹中 大幸

 十月に入り北海道の厳しい寒さを感じる季節になってきました。そんな中、十月の三日から五日まで兵庫県の神戸市で行われた全国児童自立支援施設職員研修会に参加する機会をいただきました。三日の十三時から開始でしたので、前日に宿泊することにしました。北海道の新千歳空港を出発するときは寒かったのですが、神戸空港に降り立ったときは普通にしていても汗がにじみ出るような暑さを感じました。兵庫県を訪れたのは初めてでしたが、研修場所がある神戸市に着いたとき、どことなく懐かしさを感じさせる町並みに好感が持てました。

 翌日にホテルから近いビルで全国研修を行いました。全都道府県からの参加ではなかったのですが、九十名ほどの職員が集まりました。三日の午後から五日の午前まではビルの一室で研修を行い、その後明石市にある兵庫県立明石学園の見学をさせていただきました。研修場所のビルからマイクロバスに乗り込み、高速道路を使いながら約一時間の道のりでした。まず学園内を見学させていただくと、子どもが使う教室やその他の部屋にはクーラーがそれぞれ設置されていました。今年の猛暑の影響を受けて設置したそうです。私は東京に住んでいたことがあり、中部地方でも仕事をしたことがありますが今年ほどの暑さを経験したことがないので、本州の施設で働いている方々は各人の体調管理はもちろんのこと、子どもたちの体調にも気を配らなければならないことで大変ご苦労されたかと思います。

 その日も太陽が照りつけて暑い日でした。スーツ姿の私は汗だくになりながら、寮舎の方へと進んでいきました。まず初めに女子寮へ案内され、中を見させていただきました。学園内は男子もいるという配慮から、寮の周りは垣根で囲われていました。かといって、寮内が暗いという印象は受けませんでした。中に入って特徴的だと思ったことは、プライベートな場所がないということでした。それは次に見させていただいた男子寮も同じでした。各自にベッドはあるのですが、学習や余暇時間に使える机がなく、居間兼食堂のテーブルで学習をするということでした。家庭学校では四人部屋の居室に仕切があり、各自ベッドと机があります。

そこでプライベートに費やす、一人になれる時間が確保されています。どちらがよいかということは体験してみないとわかりませんが、家庭学校にいる子どもたちはこのことについてどう思っているのか聞いてみたいものです。

 次に夫婦職員が休みを取るために別な場所に移動して活用する寮も見学させていただきました。そこには作法室という所があってお茶を点ててお菓子も食べるそうです。和の心を感じさせるお茶を明石学園の子どもはどのような態度で向き合っているのかを見たいと思いました。

 寮舎の見学が終わり、最後に体育館で児童発表がありました。手芸や絵などの作品が展示されていました。そして最初に男子児童による合唱を聴きました。合唱コンクールにも出場したということもあってとても繊細できれいな歌声でした。

 次に女子児童による沖縄の伝統芸能エイサーを披露してくれました。太鼓を抱えて踊る豪快な様はすばらしかったです。

 最後に全員で合唱を披露してくれました。「窓の外には」という歌です。この歌は、言葉によるいじめによって自ら命を絶った子どもによる詩をもとに作られたそうです。ぜひ皆さんにも知ってもらいたい歌だと思います。明石学園の子どもたちは、手話を交えて感情たっぷりに歌い上げていました。それを聴いていた大人は深い感動を覚えたにちがいありません。歌い終わった子どもたちの中には涙している子どもがいました。どういった境遇でこの学園にいるのかはわかりませんが、いろいろ思うところがあって心が動かされたにちがいありません。そんな素直な感情が表せる、他人のことを思いやれる子どもがいることに、明石学園だけではなく施設で暮らしている子どもたちが、心豊かに社会へと巣立っていってくれることを願ってやみません。  

2018年11月号

掲示物を通じて

大里 真子

 家庭学校の廊下には行事の写真がたくさん掲示されています。ゴールデンウィーク中に開催する校長杯に始まり、花見の会や春・秋のマラソン大会、六月の大運動会と八月の相撲大会、秋は研修旅行に園遊会、冬はクリスマス礼拝・晩餐会、スキー学習にスキー大会、雪像展などなど、家庭学校には沢山の行事があります。廊下は家庭学校を訪れた方だけが子ども達の表情、四季折々の様子を見られる場所なのです。なので、掲示物担当の私としては、良い表情の写真やその行事の特徴をとらえている写真を厳選して、見る人にどういう行事なのか伝わるように工夫しながら作っています。全員の写真を一枚以上貼るようにも心がけています。子どもが自分の写真を探して「自分の写真だけない」とならないように気をつけています。

 また、校長先生がお客様を案内しながら年間行事の紹介をする際にも廊下に貼ってある掲示物を使われているので行事の様子が分かるようにしているのですが、必ず載せないといけない写真を写し忘れてしまうこともあります。例えば、スキー授業で使われるロープリフトです。冬になると神社山に山林班と校内管理班で設置するロープリフトは遠軽町のロックバレースキー場から譲り受けた伝統あるものです。その説明をお客様に向けて校長先生がするのですが、今年は撮り忘れてしまいました。しかし、貼らなければその説明はできないので一昨年の写真を貼って代用しました。そのようなハプニングもあり、一年間掲示物をやってどのような写真を貼れば良いのかようやく分かってきました。

 掲示物の中で難しかった行事は研修旅行です。研修旅行には行ってないので写真を見て時系列に並べるように貼り、分かりやすくするようにしています。しかし、たまに何をしているのかわからない写真もあり、研修旅行に行った先生に聞きながら作業しています。写真を通して子どもの楽しんでいる様子や経験したことを話題にでき、会話に花が咲きます。「何してきたの?」と抽象的な話をするよりも写真に合った話を具体的にする方が盛り上がるのでそういう風に子ども達とコミュニケーションをとり、行っていない分会話で楽しんでいます。よっぽど楽しい行事だったのか研修旅行の掲示物を貼るとすぐにみんな見てくれます。目をキラキラさせながら見ている子ども達の様子を大変嬉しく思いました。家庭学校に来た子の中にはあまり家族と写真を撮った記憶がないという子もいて、掲示物は家族写真のようなアルバムという役割も果たしていると思いました。

 雪像展では雪像作りの過程も撮り、貼っています。写真を撮りに行く度に完成に近づいてきて、見ていてとても面白いです。その中でも最初の作成図と同じように作っている子、全く違うものに途中で路線変更して作っている子がいてとても驚きました。例にあげると最初はリラックマを作っていたはずだったのに途中で影も形もなくなり、最終的には犬になったという子がいて衝撃的でした。「なんでこうなった!?」と予想できない展開に思わず声が出そうになりましたがグッと堪え、我慢しました。雪像展は毎年、作成図通りに行かない子が何人かいるようなので途中過程を必ず撮っておこうと思いました。その写真が掲示されていることにより最初の頃の雪像と完成の雪像を見比べることができ来年の雪像展に生かして欲しいと思いながら貼りました。

 写真を選んで、貼ってという作業なのであまり表には出ない地味な作業だと思いますがすごくやりがいがあり、行事を思い出しながら行っているので自分の中で二度楽しめています。また、掲示物を担当することで年間行事のどれもが思い出深くなっています。

これからも、お客様には家庭学校の様子が分かりやすく伝わるように、子ども達には喜んでもらえるように工夫して掲示物を作ろうと思います。

2018年11月号

『人とのつながりについて学びあう』ということ

望の岡分校養護教諭 戸松恵子

 望の岡分校に勤務して一年七ヶ月が過ぎました。寮生活や、分校での生活をけなげにがんばっている児童・生徒たちとかかわることができて、「毎日がドラマ」のような生活を送らせてもらっています。

 今の世の中はスマホやパソコン等の普及によって、人と人が直接生身でふれあって、つながりを持ちながら生活することが希薄になってきているように感じます。しかしどんなに世の中が変わって、文明が発達していっても「人と人とのつながり」の原点は同じではないかな・・・と思っています。先日読んだある文書から気になったことを抜粋します。

「人とのつながりが健康寿命を延ばす」

  予防医学研究者・医学博士 石川 善樹

  • アメリカの大学の研究結果によると、社会的に孤立している人は、社会的なネットワークを持つ人と比べると、男性で2.3倍、女性で2.8倍も亡くなる率が高い。
  • 高齢者が社交的な集まりにどの程度参加しているかの調査結果

    • 「いつも参加している」

      • 日本・・・二%前後
      • アメリカ・イギリス・ドイツ・・・二十%を超える

    • 「まったく参加していない」

      • 日本・・・八十%
      • アメリカ・ドイツ・・・十%台
      • イギリス・・・三十%
      • ※ 日本の高齢者は突出してつながりが少ない

  • 「つながりはなぜ健康にいいのか」

    • 外に出かける機会が増えるので、運動不足の解消になる。
    • 多様なつながりを持っている方が、ストレスを解消しやすくなり、自分がほっとできる逃げ場がある。
    • 心筋梗塞で入院した患者さんのうち、誰もお見舞いに来てくれない患者さんの約七十%が六カ月以内に亡くなるがお見舞いに来てくれる人が二人以上いると、六カ月以内の死亡率は、わずか二十六%。

  • 人が人とつながりを持つと、脳の中でオキシトシンという愛情ホルモンの分泌を促し感情がポジティブに傾き、生きがいが生まれやすくなる。
  • 日本の最新の研究で、仕事以外に所 属しているコミュニティの数が多い人の方が、要介護になりにくいし、長生きするという事実がはっきりしてきた。
  • つながりを作る上で大事なことは、プライドや虚栄心を捨てて、自分の弱さをさらけ出すこと。強がってばかりいると、つながりはいつまでたっても生まれない。素直に「助けてください」 と誰かに言えるかどうかが、とても大事。
  • 相手のことを思いやると、脳の幸福度が最高に高まることが脳科学の研究で明らかになっている。誰かのためにお金を使ったり、エネルギーを費やして何らかの努力をするのは、その人の脳にとってすごく幸せなこと。

 人とつながるということは、無条件に「自分の居場所がある」「自分を受け入れてくれる人がいる」という安心感につながっていくのではないでしょうか。

 「オギャー」と生まれた赤ちゃんから、定年後の老人の生活になっても人は人とのつながりを求めて生きていく生き物のようです。

 家庭学校・望の岡分校で暮らし、日々いろんな壁にぶつかりながらも成長している子どもたち。私のできることはほんの少し。でもリスペクト(尊敬)する気持を忘れずに「人とのつながり」を大切にする気持ちを少しでも伝えていけるよう子どもたちに寄り添い、がんばっていきたい・・・と考えている今日この頃です。

2018年11月号

<児童の声>

S・K・U

「園遊会での思い出と感謝」

石上館 中二 S

 僕がいる石上館では、今年は、かぼちゃどらやきと野菜グラタンを作り園遊会に来てくださった方々に提供しておいしく食べてもらいました。

 今年の園遊会では、十店ものお店があって、その中の七店が分校と家庭学校が出したお店です。七店の中の楽山寮と掬泉寮と石上館は、おいしい食事を生徒と寮母さんで二日前ぐらいから準備をして園遊会に来てくださる人に食べてもらいました。

 園遊会には、いつも一ヶ月半毎に散髪に来てくれる月曜会の方々や、ボランティアで毎年来てくれている青年会議所の方々や、連合の方々などが来てくれました。月曜会の方々は、おいしいおしるこを作ってくれました。青年会議所の方々は、えだまめのフランクフルトをくださりました。連合会の方々は、ポップコーンとジュースを提供してくれました。

 そして、僕が一番おどろいたのは、石上館の食事をみんなにくばっているときに北海道新聞の方にインタビューされたことです。インタビューにはこう答えました。「僕達が育てた野菜をみんなにおいしく食べてもらえてとてもうれしいです」と答えました。自分で言うのもあれですがいいことを言ったと思いました。 園遊会が成功したのは、僕たちや家庭学校の方々や分校職員の方々ががんばっておいしい食事やいろいろな遊びをつくったからだと思います。

 忘れてはいけないのが、ボランティアでいそがしい中、家庭学校に来てくださって、みんなにおいしい物をつくってきてくださったから成功したと思います。

 来年も同じように大成功するようにがんばりたいです。本当に今年の園遊会は楽しくておもしろい園遊会でした。

  

「初めての園遊会」

掬泉寮 中一 K

 十月十五日に、ここに来て初めての園遊会がありました。ずっと楽しみにしていたのでとても嬉しいです。知っているやたいで楽しみにしていたのは、らくのう班のアイスクリームです。なかなか食べる機会が無かったので、とても楽しみでした。ですが、当日になり、やたいの紹介で楽しみが増えました。それは、くすのき商店です。あまり考えていなかったのですがとても楽しみになり、一番行ってみたい場所になりました。

 他のやたいばかり紹介していますが、今年の掬泉の出し物は、ごまだんごとビーツのポタージュです。ごまだんごは、こう例になりかけている食べ物で、ビーツのポタージュは、今年、コウキ君が育てたのを使って作りました。ビーツのポタージュは色がグロテスクですが、高血圧などにはいいらしいです。そしておいしいです。ごまだんごは、中のカボチャあんがとてもおいしかったです。

 十店を全部回るのにだいたい二十分かかりました。色々なやたいの食べ物がとてもおいしかったです。その他のやたいで、くすのき商店がとてもおもしろかったです。早いもの勝ち、かつ運がよくないとだめなやたいなのでスリル満点!?です。一発目で二等が出ました。いきなり二等が出て、自分は意外と運がいいことがわかりました。その後も何回か行き、はずれが何回も出ました。ですが、くじけず引き続けました。それでもらった賞品はほとんどを実用性のある賞品にしました。ですが、中にはあまり使わないのもあるので、そこは反省です。

 今回は天気に恵まれ、無事開さいできました。皆の日頃の行いがいいのできっとなったのでしょう。そして、色々な方が今までたくさん協力してくださったから開くことが出来ました。感謝の気持ちを忘れず、これからの生活を頑張っていきたいです。

 

「園遊会の思い出」

楽山寮 中二 U

 今回、僕は初めての園遊会に参加しました。最初に僕は岩井さんのミルク豚汁を食べました。カボチャも入っていてとても体が暖まりました。その後は楠商店や月曜会のおしるこを食べました。楠商店では最初当たりは出なかったけど何度かやらせてもらえて当たりが出てうれしかったです。おしるこも甘くて味の濃いおいしいおしるこでした。その後、らくのう班のソフトクリームと連合のポップコーンを食べました。温かい日にはぴったりでした。その後、竹中先生のヨーヨーつりに行ったのですが欲張って二個とろうとしてしまい一個もらいました。そして分校にも行ってかた抜きとパットパットゴルフをして、パットパットゴルフは全部はずしてしまいましたが、かた抜きはできたのでよかったです。その後最後に石上館のグラタンと掬泉りょうのビーツのスープを飲みました。ほっかほかで、すごくおいしかったです。その後夕食で食べた給食棟のおこわもいろんな具が入っていておいしかったです。

 そして、今回の園遊会で学んだ事が二つあります。一つ目はそういった物を作ってくれた人への感謝の気持ちです。今回は地域の方々や分校の先生、家庭学校の先生がいて出来たことだと思います。だからそういった人達への感謝の気持ちを忘れずに生活したいです。

 二つ目は準備などについてです。今回の園遊会では僕達が作った焼き鳥やコロッケをたくさんの人に食べてもらい、そして後から、「おいしかったよ」などと言われました。それは前日に僕達が鳥やねぎをつけたり、コロッケの形づくりなどをしなければ言われなかった事だし、達成感も味わえなかったと思います。だからこれからの生活では人への感謝の気持ちや準備の大切さを忘れず頑張って生活したいです。