ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2018年03月号

「家庭学校・冬の暮らし」

校長 仁原正幹

 オホーツク地方・遠軽の今冬の厳しい寒さについては前号でもお伝えしたところですが、その後二月に入ってからも最低気温がマイナス二十度前後の日が続きました。マイナス二十四度、二十三度という朝もあり、明日から春三月という今朝でさえマイナス二十度まで下がりました。私が家庭学校で過ごした四度の冬の中では最も寒い冬となっています。

 雪の量も一月までは少なめだったのですが、二月に入ってから結構な降りとなり、すっかり挽回して平年並みになってしまいました。広い敷地内には生活道路だけでも二・七キロほどあり、職員がホイールローダーやブルドーザーで午前二時、三時まで除雪に奮闘した夜もありました。車輌の通り道や駐車場など広い所は職員が重機を駆使して除雪し、寮舎周りなどは朝夕子ども達がスノーダンプやスコップなどで雪(ゆき)掻(か)き・除雪をします。北海道ではこれを「雪(ゆき)撥(は)ね」と言います。

 本館や寮舎などの建物の周りには雪が堆(うずたか)く積もっていきます。日々の降雪に加えて屋根からの大量の落雪もあるので一気に嵩(かさ)が増します。積もった雪が窓の高さ近くまでなると、次に屋根から落雪があったときに氷雪の塊が跳ね返って窓ガラスを破ってしまうことがあります。いつも気を付けて窓下の雪を掘り起こし除去しているのですが、間に合わないときもあります。先日も隙(すき)を突かれて音楽室の大窓が一枚割られてしまいました。

 今冬は幸いなことに今のところオホーツク地方特有のドカ雪には見舞われていません。国道・道道・町道などの除雪が間に合わずに交通麻痺状態に陥って、家庭学校が陸の孤島になる事態にまでは至っていませんが、いずれにしろ家庭学校の冬の暮らしは、毎日が雪との闘いです。

 一方で子ども達は雪を楽しんでもいます。一月の神社山スキー学習に続いて、二月二日には平和山山頂からのスキー滑降競技、十四日には町のロックバレースキー場でのスキー大回転競技の各大会が開催されました。学年階層別の上位入賞者には、金・銀・銅のメダルと賞状を授与しました。このあと三月に入ると、神社山スキー場の滑り納めがあります。

 また、二月九日には恒例の雪像コンクールも開催されました。事前の準備として木製のコンパネを組んだ中に雪を入れて踏み固め、縦・横・高さ各二メートルの大きなサイコロ状の雪塊を作ります。各寮の前庭には生徒数分のサイコロが並び、それを十日余りかけて一人一体の雪像を作り上げます。職員と教員が各寮を回って審査し、投票で各賞が決まるのですが、今年も見応えのある雪像が多く、子ども達の美的感覚に感嘆するとともに、寒い中根気よく集中して取り組めた子ども達の成長を改めて感じました。

 二十五日の日曜日は、地元の一大イベント「湧別原野オホーツククロスカントリースキー大会」がありました。去年から全校を挙げて参加しています。今年も全員が五キロコースを元気に走り抜けました。滑走している選手達は寒さも吹き飛ばす勢いなのですが、ゴール地点でカメラを構えて立っていた私には寒さが骨身に染みました。

 さて、二月五日は校祖・留岡幸助の祥月命日という大事な日でした。ところが、前夜からしんしんと雪が降り続ける荒天となりました。望の岡分校の授業を終えた午後から全校登山をする予定でしたが、一向に雪の勢いが衰えません。私としては思案の末、急遽登山から遙(よう)拝(はい)に切り替えました。祥月命日に遙拝などという軟弱な判断は、家庭学校の長い歴史の中でもあまりないようなのですが、今の子ども達の状況ではあまり無理もさせられません。音楽室に生徒と職員を集め、全員で平和山の方角に向かって頭(こうべ)を垂れ、暫(しば)し黙想し、幸助先生の威徳を偲びました。記念碑に刻まれた幸助先生の辞世の句についても、子ども達に話しました。講話のごく一部をご披露します。

    ○

 今日二月五日は、百四年前に北海道家庭学校を創設された校祖・留岡幸助先生の命日です。幸助先生は一九三四年(昭和九年)、今から八十四年前の今日、ご自宅のある東京で亡くなられました。享年七十歳でした。

 先生は自ら創設されたこの北海道家庭学校をこよなく愛され、敷地の中心で広く家庭学校全体が見渡せるこの平和山の山頂を特に好まれたようです。自分が死んだらこの平和山で眠りたいという思いを辞世の句として残されました。

「 眠るべきところはいづこ平和山         興突海(おこつくかい)を前に眺めて 」

 きっと幸助先生は、この平和山の上から、五十年後、八十年後、百年後も、家庭学校で一生懸命頑張っている生徒達や先生達のことをずーっと見守り続け、励ましてあげたいという思いで、このような句を残されたのだと、私は思います。

    ○

 その間、軽部副校長が大きな花束を二つ背負って雪深い平和山に単独で登ってくれました。幸助、清男両先生の記念碑に花を手向けるためです。防寒着と長靴、その上にロングスパッツという万全の装備でした。ところが、普段なら一時間程で帰ってこられる道程(みちのり)なのに三時間経っても戻らず、ケータイの応答もありません。一時は「遭難」の二文字が脳裏を掠(かす)めました。でも、さすが大雪山系を庭とするアルピニストの軽部先生です。雪が相当に深かったようで疲労困憊の体(てい)でしたが、夕闇迫る頃になって無事帰還しました。全校登山を回避した判断…結果オーライでしたが、まずは安堵しました。

2018年03月号

スキーにかかわるということ

児童自立支援専門員 竹中大幸

 私が家庭学校に勤め始めてから六度目のスキー学習を迎えました。いままでは丸一日をスキーにあてて、自衛隊の方の協力を得て進めていましたが、今年度の日程は午前を本館学習、午後にスキーという例年の半分以下の時間で行うこととなりました。

 一月二十二日がスキー学習初日でした。ここである程度技術的なレベルでの班分けをして五日間を自衛隊講師の方の指導を仰いで、子どもたちは上達することを目指しました。今年はインフルエンザや風邪などの体調不良者が子ども、職員ともに多く、残念ながら全員揃ってのスタートにはなりませんでした。小学生から中卒生まで計十七名の中で四名が体調不良で最初から取り組むことが出来ませんでした。他に一名が体力的に難しかったのですが、神社山にあるリフトの乗降の手伝いを頑張ってくれました。

 昨年も神社山でのスキーを経験して上達した子どもやほとんど滑った経験のない初心者同然の子どもも指導に従い、楽しんで滑れていたように思います。それにもまして喜ばしいことは、スキーでケガをした子どもがいなかったことです。それぞれの心がけで無理せず、大人の指示を素直に聞いてくれたからこそだと思っています。

 神社山でのスキー学習を終えると、ロックバレーでの大回転、回転競技と家庭学校敷地内の平和山で行う滑降競技があります。その中で回転競技だけは子どもの体調不良が多くて中止せざるをえない事態になってしまいました。それでもなんとか、大回転と滑降は予定どおり進めることが出来ました。

 平和山での滑降競技は中学生以上は山頂から、小学生は中腹あたりから滑り降りるものです。滑るためにはまず登らなければいけないので、子ども達はスキーブーツを履いて登ることになります。競技の前なのですが疲れた姿を見せることなく、しっかりと登り切りました。私はスタート担当だったのですが、みんな怖がることもなくダイナミックな滑りをしてくれたと思います。みんなが滑り終えると給食棟の方で温かい物を用意してくださり、美味しくいただきました。

 ロックバレーでの大回転競技は体調不良者もなく全員参加で行いました。スキー学習の時間が短かったとはいえ、最初の頃よりは確実に上達している姿を見ることができて、感心すると共に嬉しく思いました。

 最後にスキー学習ではないのですが、施設行事としてオホーツクで行われたクロスカントリー大会に参加しました。昨年から参加している行事で、今年も昨年に続き子ども、職員ともに全員無事に完走することが出来ました。クロスカントリースキーをするにあたっては、以前分校におられた専門家の本間先生に指導をしていただきました。

 このように家庭学校での学習、行事等を行うにあたって、周りからの協力を得る機会がとても多いものです。子どもはもちろんのこと、ここで働くおとなも感謝の念を持って、これからも続くご厚意を大切にしていかなければならないと強く思っています。

2018年03月号

予定通り行かないこと

望の岡分校教諭 永田健司

 勉強の得意な生徒、苦手な生徒。

 スポーツの得意な生徒、苦手な生徒。

 人とのコミュニケーションを好む生徒、一人でいることが好きな生徒。

 文章を理解することができる生徒、話す言葉のほうが理解できる生徒。

 集中することができる生徒、じっとしていることは苦手な生徒。

 予定を立てていろいろな生徒と一緒に授業をしたり、行事に取り組んだりしています。

一般の学校と比べたら、予定通りにその時間が終わることはとても少ないかもしれません。想定の範囲外の出来事もよく起きます。そんなときには、「予定通り」って自分の都合だけだよなって思うこともあります。

 社会には社会の予定があって、会社には会社の予定がある。学校には学校の予定があるように、家庭には家庭の予定がある。草花だってきっと、「もう少し暖かくなったら芽ぇ出すかな」とか予定しちゃっていそうですし。その予定と周りの環境とのずれがあった場合、草花だったら芽を出さなかったり、芽が出たとしても花をつけなかったりしてそのまま枯れたりしてるのかもしれません。おんなじように子どもには子どもの予定があるはずです。

 ただ、自分の子どもを見ていると思うのですが、子どもの予定ってとても自分本位です。でも考えてみたらそれはとても当たり前で、うまれたばっかりの時は親の都合を考えておっぱい欲しいと泣いたりしません。周りの誰かに自分の予定を大事にしてもらいながら育てられた記憶がその後やってくる「予定通りにいかなくなること」に適切に対応するための下地になってるのかもと思うのです。自分の予定を大事にしてもらった経験があって初めて、周りにも予定があることを気づいたり、他の人の予定も大事にしようと思ったりということにつながってくるのではと。

 勉強嫌いだ。先生も嫌いだ。それが詰まってる学校も嫌いだ。

 自分から進んで勉強をしに学校へ行く予定を立てるわけのない生徒と一緒に授業をする予定の私。すぐにお互いの予定が一致するなんてことはむずかしそうなので、

 「仕方なく授業にでるか。」

 「勉強は面白くないけど、関係ない話 はまあ楽しいか。」

 「そんなに嫌そうじゃなく勉強してる やつもいるぞ。」

 「あいつがやってんなら俺もちょっと やってみるか。」

 「あー、なんかわかってきたかも、そ ういうことだったんだ。」

 「わかったら、勉強もそんなにつまら なくないかもな。」

 なんてふうに変化していって、

 「先生の言ってることわからなかった ぞ。」

 「ちょっときいてみるか。」

 「先生今のわかんないんだけど。」

 「あーわかった、すっきりした。」

 それから

 「あした授業あるのかな。」

 「あー早く明日になんねえかな。」

 なんてなったりして、いつか教師の予定と子どもの予定が同じになって、達成できたら一緒に喜べたりしたら、っていうのが私の予定だったりします。

普段ここにいる子どもと接していて、何となく思ったことの中のひとつに、自分の予定を大事にされなかった経験を多くしてきた子が多いのかもしれないなということがあります。だから自分の予定がすべてであって、なかなか周りのことについては思いが回らないのかなと。だから後先考えず、無理やり予定を押し通そうとしてしまうか、予定を立てることすらあきらめてしまう場面が多かったりするのかなと。

子どもが家庭学校に在籍する期間は1~2年程度とそんなに長くない中で、授業中にできることは本当に少ないかもしれません。授業が面白いと感じることを通して、

 ・ 予定通りに進むことができるだけ  の実現性のある予定を立てられるこ  と。

 ・ 周りの人が認めてくれるような、  応援してくれるような予定を立てら  れること。

 ・ 予定通り進まなくとも枯れずくさ  らず強く生きることができること。

 そういうふうな生徒に導いていくことが出来たら、子どもの卒業・退所後の人生が、より幸せなものとなる手助けとなるのでは、と考えています。

2018年03月号

児童の声

R・K

  今年、初めてやったスキー大会

         楽山寮 中二 R 

 僕は家庭学校に来て人生で初めてスキーをしました。最初は、滑ることが全く出来ませんでした。最初のうちは神社山の低いところから降りていって、だんだん上にあがって高いところから滑る練習をしました。家庭学校のスキー学習は自衛隊の人が教えにきてくれます。

 最終日はロックバレースキー場に行きました。ロックバレースキー場では林間コース、ダイナミックコース、チャンピオンコース、パノラマコースなど色々ありました。その中でも一番得意なコースは林間コースでした。それは、曲がったりしていくのが好きだったからです。

 それから何日かたった時、スキーの大会、大回転がありました。午前中は林間コースを行ったり、ダイナミックコースを行ったり、半チャンに行ったりしました。その半チャンとは何かと言うとチャンピオンコース半分からのことを言います。

 午後からはご飯を食べて大回転の練習を2回して、また2回本番で滑りました。結果は中学1年・2年の部で3位をとりました。

 最初は全く滑ることも出来ませんでしたが、練習を積み上げていくことで、うまくなれるということがわかりました。来年のスキー大会では1位をとりたいです。

 クロスカントリースキーを振り返って

        石上館 中卒 K

 私はクロスカントリースキーを初めて冬の残留にやりました。最初はスキーと同じかと思ってやってみたら、転んでしまい上手にいきませんでした。鬼頭先生に色々教えてもらい少しずつできるようになりました。練習を繰り返していくうちにもっとできるようになりました。私は、鬼頭先生や美和先生に寮対応の時間に教えてもらったおかげだとおもっています。

 また、大会の直前に本間先生に教えてもらい、滑り方がよくわかりました。滑るフォームや移動ができるようになり、スピードがあがりました。その時はうれしかったです。

 今回、2月25日にクロスカントリースキーの大会がありました。私は、スタート前から緊張していました。初めての大会で5㎞を滑りました。滑り始めは、前の方にいたのですが、出だしが合わなく、左側の方に行ってしまい遅れてしまいました。カーブや坂もあり、滑りやすいコースでした。少しコースが凍っていて滑っている途中に4回程転んでしまいました。すぐに立ち上がりちゃんと滑り始めることができました。

 滑っている時、あせっている気持ちがあり、フォームがくずれてしまって上手に出来ませんでしたが、1㎞のところでフォームが良くなってきました。最後の方で鬼頭先生に抜かされてしまい、くやしかったです。記録は24分32秒でした。そして25位でした。200人以上いる中で30位以内に入れてうれしかったです。今までの練習を本番で出せて良かったです。そして本間先生に教えてもらったことも使えたのでより良かったです。体力もついたので、これを寮の生活でもいかしていきたいです。

 橋の上や色々な場所で応援していただきうれしかったです。おかげで最後まで滑りきることができました。応援ありがとうございます。