ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2017年11月号

「ステッセルのピアノ」

校長 仁原正幹

 十月に入って急に秋が深まりました。オホーツクブルーの空に黄葉がよく映えます。最高気温が十度という肌寒い天候が続き、暖房が欠かせなくなりました。大量の枯れ葉が吹雪のように風に舞う十月十五日の午前、禮拝堂で校長講話を行いました。北海道家庭学校の大事な宝物であるステッセルのピアノと、それにまつわる作家の五木寛之さんの著書、加えて五木さんの講演の内容を子ども達に話しました。以下、その概要です。

    ○

 先月は創立記念のお祝いの日に校長講話を行いました。その講話の終わりのほうで、皆さんが博物館を見学する際には日露戦争のときのステッセルのピアノというものがあるので、よく観てくださいと言いましたが、覚えていますか。ステッセルのピアノに触ってみた人いるかな。いい音がしましたか。蝋燭を立てて灯りを灯す燭台が左右に二本付いていたり、両方の脚にも彫刻が施されていて、歴史を感じさせるものだったと思います。今日はそのステッセルのピアノにまつわる話から始めたいと思います。

 日露戦争のこと、みんな知ってるよね。社会科の時間に習ったと思います。学年によっては、まだ歴史を詳しく勉強していない人もいるかもしれません。日露戦争というのは、ずーっと昔の出来事で、一九〇四年に起きた戦争です。今年が二〇一七年だから、今から百十三年も前のことです。北海道家庭学校の創設が一九一四年で、今年で百三年目を迎えたところなので、北海道家庭学校の誕生よりさらに十年前に起こった戦争です。

 日露戦争というのは、日本の国(当時は大日本帝国と言っていました)と当時の帝政ロシアとが、満州と朝鮮(今の中国北東部と朝鮮半島)の覇権を争った戦争です。この戦争では、日本の国がロシアに勝ちました。

 このときのロシア軍の司令官の一人がステッセル将軍という人で、降伏して、日本の司令官の一人だった乃木大将と、水師営(中国大連市旅順)というところで会見をしました。このとき、日本は戦争に勝ったので、中国北東部や朝鮮半島、樺太(今のサハリンですが)などの利権を確保したほか、戦利品としていろいろなものを手に入れました。その戦利品の中にステッセル将軍の奥さんが弾いていた愛用のピアノがあって、それが今、家庭学校の博物館にあるピアノなのだということが言い伝えられています。

 旅順開城の際、水師営という所で会見した乃木将軍とステッセル将軍は、お互いの勇気と奮闘を称え合い、その武士道精神に感銘を受けたステッセル将軍が、乃木将軍に自らの愛馬と夫人愛用のピアノを進呈したというエピソードも伝説として伝わっているようです。

 ただし、そのステッセルのピアノと伝えられている古いピアノが、どういうわけか全国各地に(ここのほかにも旭川とか金沢とか水戸にも)存在するということがあって、それを知った五木寛之さんという大変有名な小説家が、今話した乃木・ステッセル伝説がはたして真実なのかを調べるために、遠軽の北海道家庭学校をはじめ、旭川の北鎮記念館、金沢の女子大学などを訪ね歩き、中国やロシアへも旅をしながら、『ステッセルのピアノ』という本を書きました。この本です。

 この本の第一章には、「遠軽の雪の学校にて」というタイトルで、五木さんが北海道家庭学校を訪れたときのことが書かれています。この本は平成五年の出版で、本の中に出てくる第五代校長の谷昌恒先生についての記述(「昭和四十四年の着任以来既に二十四年間にわたって働いておられる」というもの)があるので、おそらく今から二十四年前の平成五年(一九九三年)の三月、まだ雪の残る寒い頃に来校されたものと思われます。

 そのときに五木さんが、今もみんなが毎日昼食を摂っている給食棟で、当時の生徒や先生方と一緒にお昼ご飯を食べたことが、この本の中に書かれています。その記述が私には大変興味深く思われたので、みんなにも読んで聞かせますね。

「校長先生の部屋でお茶をいただきながら話をうかがっていると、突然、谷先生が私に言われた。

 『一日に一回、昼食だけは全生徒が集ってするんです。お口にあうかどうかわかりませんが、職員や生徒たちと一緒にどうぞ。ピアノをご覧になるのは、その後になさってはどうでしょう。』

 ごちそうになります、と答えて私は立ちあがった。食堂は本館からすこし離れた場所にあった。私が雪道にそなえて横浜からはいてきたブーツを脱ぐのに苦労しているところへ、学生服の生徒たちが次から次へと駆け込んできた。

 「こんにちは!」「こんにちは!」と、どの子もどの子も私の顔を見て元気な声をかけてゆく。その生徒たちの活溌な声に、規則できめられたことをやっているといった空虚な感じがほとんどないのがふしぎだった。挨拶ということを、人間の基本的なマナーとして、日常の暮しのなかで教えられているらしい自然な明朗さが彼らの表情にはあった。

 職員の先生がたと一緒のテーブルにすわって、代表生徒の食前の感謝の言葉をきく。

 ひじき。野菜と肉の煮物。汁と、漬け物。山もりの飯。私にはいささか量が多すぎるが、残すわけにはいかない。生徒も先生がたも、あっというまに全部を平らげてしまう。すごいスピードだ。引揚げ船で帰国したころの飢えた少年の私だったら決して負けなかっただろうが、いまではとても追いつかない。テレビの若いスタッフにすこし助けてもらって、ようやく恥をかかずにすんだ。

 昼食のお礼に、みじかいスピーチをした。ふだん同世代の聴衆に話をすることが多いので、ちょっと戸惑ったが、いつもと同じ話をすることにした。真剣にきいてくれている生徒たちの顔が、とてもまぶしかった。」(五木寛之著『ステッセルのピアノ』より引用)

 何だか…今と同じで、情景が目に浮かぶようだね。昨日もお客さんと一緒にご飯食べたよね。君達の先輩達も、真っ直ぐな気持ちで、能く働き、能く食べる、しっかりとした生活を送っていたことが、五木さんの文章から伝わってきます。

 さて、ここでクエスチョンです。実はそのとき給食棟で五木さんと一緒にお昼ご飯を食べた人が今も家庭学校にいます。誰だかわかるかな。(中一のK君から「軽部先生」の声)そうだね、副校長の軽部先生です。このあいだ、そのときのことを軽部先生に伺ったところ、よく覚えておられました。

 今みんなが毎日お世話になっている給食棟は、昭和五十二年(一九七九年)、今から三十八年前に建てられました。そのときから全校生徒が集まって昼食を摂るようになり、また毎月の誕生会も全校で行えるようになりました。大勢のお客様をお招きする創立記念日の昼食会やクリスマス晩餐会の会場でもあるし、それから卒業証書授与式に出席される原籍校の先生方にもお昼ご飯を食べていただく、家庭学校にとって大変大事な場所です。

 とっても愛着がある建物で、大事に使ってきたのでまだまだきれいなのですが、それでも竣工以来四十年近く経っているのでかなり老朽化も進んでいます。厨房設備なども古くなり更新が必要となってきたこともあって、今、実は全面改築の計画を進めているところです。今までどおり、神社山の放牧地に牛がのんびりと草を食む風景を窓から眺めながら、ゆったりとした時間を過ごすことができるオアシスのような給食棟を創りたいと、先生方と案を練っているところです。

 さて、ステッセルのピアノにまつわる話として作家の五木寛之さんのことをお話ししましたが、ここでもう一つ、せっかくなので五木さんの講演についてのお話もしたいと思います。七年ほど前に五木さんが札幌で講演をされたとき、私も聴きに行って大変感銘を受けたので、その講演のこと、その中で皆さんにも聞いてもらいたいと思うことをお話ししたいと思います。そのときの演題は「プラス思考・マイナス思考」というものでした。

 みんなは、「プラス思考」とか「マイナス思考」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ちょっと抽象的で難しいので、具体的にお話しすることにします。人間は笑えば健康になる、免疫力や自然治癒力が増すので、テレビのお笑い番組などを見て大いに笑いましょう、世の中プラス思考でいきましょう、などと言われることがあるのですが、皆さんは聞いたことがありますか。「笑う門には福来る」という諺もあるよね。笑うのがプラス思考で、泣くのはマイナス思考だというんですね。

ところが、五木さんは、そういうプラス思考と呼ばれているものは、実は安易な楽観主義であって、本当に生きる力になるようなものではないと言うのです。悲しむとか、泣くとか、涙とかいうものは、笑いとかユーモアの大事さが言われれば言われるほど、毛嫌いすべきもの、非難すべきもの、克服しなければならないものとして、疎んじられてきたけれども、でも、はたして単純に笑うことが善で(良いことで)、泣くことが悪であるのか。喜ぶことは人間の精神や肉体にいい影響を及ぼし、悲しむことはマイナスの影響しか与えられないのか。五木さんはそうではないと言っています。

 悲しいときは思い切って泣いた方がいいと言うんですね。私は悲しいんだ、辛いんだ、苦しいんだ、と声を出して言いなさいと言うのです。どうして自分はこんなに情けないんだと溜息をついてもいい、どうしてウチの家族はこうなんだろうと溜息をついてもいい、と言っています。そのことによって悲しさや辛さや苦しさを乗り越えていくことができると、五木さんは言うのです。人間は大いに笑い、大いに涙を流せばいい。深く悲しむ人ほど強く歓ぶことができる。たくさん涙を流す人ほど大いに笑うことができると、そう言うのです。

皆さんはどう思いますか。泣くのは恥ずかしいな、自分は弱い人間だと思われたくないなと思って、我慢をして、本当の心を見せないようにしている人はいないでしょうか。今ここにいるみんなは、同じ年頃の一般の小学生・中学生よりも泣くことが多かったかもしれません。悲しいこと、辛いこともいっぱいあったかもしれません。でも、それは決して恥ずかしいことではないのです。

 家庭学校というところは、皆さんが悲しい、辛い、苦しい、情けないと思っていることを、隠さなくていいところなんです。悲しいとき、声を出して泣いていいところなんです。辛いんだ、苦しいんだと、口に出して、相談していいところなんです。みんなはそのためにここに来たんです。

 家庭学校の先生方も望の岡分校の先生方も、皆さん方一人ひとりの、そういう悲しい気持ち、辛い気持ちを、よーく聞いてくれます。しっかりと受け止めてくれます。だから、自分のことを真剣に考えて、悲しいこと、辛いこがあったら、家庭学校にいる間に先生方にはっきりと伝えて、相談して、吐き出して、自分の問題を解決して、そしてここを巣立っていってほしいと、私は願っています。

 いつも言うことですが、未来と自分は変えられます。自分を変えて大きく成長していくために、日々の生活を頑張っていきましょう。今日の話を終わります。

2017年11月号

望の岡分校で学んだこと

養護教諭 戸松 恵子

 望の岡分校に赴任して早七ヶ月が過ぎました。分校の周りの森の春・夏・秋の変化に心癒される日々を送っています。子どもたちと一緒に作業班学習をして体を動かし、汗を流す時の充実感、大自然が人間に与えるパワー、すばらしさを改めて感じます。

 今まで長く小・中学校に勤務していましたが、いつも子どもの健康課題として向き合っていたことは、

・朝、早起きして、一作業して、おいし く朝食を食べる

・昼間たっぷり体を動かして、夜はぐっ すり眠る

・手作りの食事を誰かと一緒に食べる

・メディアづけ(スマホ・ゲーム・イン ターネット等)にならない生活

等ですが、家庭学校ではすべてクリアされています。まさに理想的と言っていいくらいの健康的で完璧な生活です。その陰には、寮長・寮母先生や、家庭学校の先生方の献身的なかかわりがあってこそ…と、日々感謝しております。

 望の岡分校に赴任して、子どもの「愛着」ということをあらためて学び直し、考えさせられました。人間が生きる上で最も大切なことは「人を信じ、自分を信じること」。そしてそのためには、幼少期に形成された親子の間の愛着が大切だと言われています。

 赤ちゃんや、幼児の時に、スキンシップを積極的に行うと、脳内で「オキシトシン」という物質が出やすくなるそうです。この「オキシトシン」は「絆ホルモン」とも呼ばれ、愛着関係を深めたり、ストレスを軽くしたり、情緒を安定させる働きがあります。幼少期のスキンシップが不足すると、オキシトシンが出にくい脳になり、情緒不安定になったり、感情のコントロールがうまくできずに、切れやすくなったりします。逆にスキンシップをたっぷりすれば、オキシトシンが出やすい脳になり、親子間だけでなく他人に対しても親近感が持てたり、信頼する力がつくなど、人間関係を豊かにしていく…と言われています。

 スキンシップは、子ども時代だけでなく、おとなになっても老人になってもとても大切なものです。辛い時や悲しい時、落ち込んだ時に親身になって話を聞いてもらう、そっと肩に手をそえてもらう、小さい子なら手をつなぐ、笑顔で見つめる…私自身はそれもスキンシップの一部に入るのではないかな、と思っています。

分校の子どもたちは思春期の男の子ばかりで、性的にも自立してくる難しい時期です。簡単に「スキンシップ」をとることは難しい年頃ですし、接し方にもいろいろ気をつけていかなくてはなりません。保護者や祖父母など、身近な大人に愛されることはもちろん大切ですが、分校の子どもたちがまわりの大人たちからたくさんの愛情・信頼・称賛のまなざしを受けて、自分自身に自信がつき、「人っていいな、信頼できるな。自分もまんざらじゃないな…」と思って、成長していってくれることを願っています。

私のできることは微々たるものですが、最も大事なことは、家庭学校の先生方と分校の先生方がともに協力し合い、子どもたちの幸せのために一緒に汗を流していくことだと感じています。

2017年11月号

家庭学校の財産

職業指導員 蒦本 賢治

 「雑草という草はない」という言葉があります。植物学者でもあった昭和天皇の発したものと聞いています。十月十二日にキノコ観察会が開かれ、家庭学校内に生育したこれまで名前も知らなかったキノコたちの名前や性質を知る機会を得ました。興味のある職員が参加し、講師として遠軽町内の白滝(旧白滝村)在住の鈴木良一さんに来ていただきました。

 例年なら、以前清渓寮があった周辺の林には名前のわからないキノコがたくさん姿を現す頃ですが、今年はキノコの種類も数も少なく感じました。それでも、数種類のキノコを見つけ、名前や可食か否か等を知ることができました。

 多かったのは北海道では落葉キノコとして馴染みのあるハナイグチでした。近縁種のシロヌメリイグチもそのそばにありました。味はほぼ同じですが、虫食いなどで痛むのが早く適期に採るのが難しいそうです。本館から給食棟に下りる道沿いの木の幹にムキタケを見つけました。前日のマラソン大会の時に切り株に見つけた美味しそうなキノコは食用のクリタケでした。柏葉寮に積んであった丸太には天然のエノキタケがついていました。スーパーで売っているものと同種ですが、見た目は全然違い、平たく茶色がかった傘に短く黒い柄がついています。礼拝堂近くの林内ではチャナメツムタケがありました。本州ではキノコ狩りでよく採られるキノコだそうです。近くにあったホテイシメジは、お酒と一緒に食べると、悪酔いするそうです。ほかにもアカモミタケ、ムラサキシメジ等の食用キノコを見つけることができ、食べ方なども教わりました。ニガクリタケやテングタケなどの毒キノコ、毒ではないけれど食用にならないキノコも幾つかありました。 

 全ては覚えきれなかったですが、キノコにまつわる新たな見識を得ることができました。食用となるキノコは食卓に彩りを添える具材となりますが、それは名前や食に適するかどうかの知識があって初めて成るものです。

 私たちは平和山の一角に暮しています。森は経済林として一つの財産とも言えますが、そこに住む動物、植物、岩石、流れる水、先人の暮した跡、それらも大きな財産です。その中にキノコもあります。ただし、知識がなければ、ただの石、恐ろしいだけのヒグマ、生い茂る雑草ともなりかねません。知識は財産です。知識を得る機会を与えてくれる森もまた財産です。

2017年11月号

研修旅行ドタバタ旅行記

石上館副寮長 前谷 典弘

 十月二十五日から二泊三日、十勝方面へ入所児童、分校教員四名、施設職員十名で研修旅行に出かけました。旅行中のでき事で印象的なところを徒然なるままに書き記します。

 少し曇りがちの空の下、出発です。全員そろって…、とはいきませんでした。まず事情があり施設外にいる二名は不参加。脚の痛みを訴えている一名は病院検査日の関係で二日目途中まで不参加。結局、児童十二名で出発することになりました。車内は出発したばかりで元気がいっぱい。子どもたちの期待にあふれた会話が広がります。

 初日の体験で印象的だったのが本別での豆腐作りです。道の駅ステラほんべつに併設されている調理施設で行いました。指導される先生の話を聞きながら作業をします。大豆をミキサーで砕き、こして、煮て、にがりを入れて、豆腐の型に入れる。話を聞いていない班では、なぜか豆腐の量が半分になってしまいました。うまく固まらずやわらかめの豆腐にもなりました。どれも個性的な豆腐でしたが、自分で作った豆腐だからなのか、失敗した班も含めておいしそうに食べていました。いつも豆腐嫌いな子どももペロリ。おいしい体験ができました。

 一泊目のネイパル足寄に到着。入所式を終えてフライングディスクゴルフをしました。スタートしてすぐに厚い雲が垂れ込め、夕暮れも重なり真っ暗になってしまいましたが、目を凝らしながらフライングディスクを投げていました。コースによってはホールインワンを出す子どもが出るなど楽しんでいたようです。

 二日目は十勝川ネイチャーセンターで川下り体験をしました。救命胴衣を着用して十勝川上流から一時間ほどゆっくりとボートを漕ぎます。川岸の地層や台風で被害があった流木などを見ながらゆったりとした時間が流れます。みんなで力を合わせてボートをグルグル回転させたりもしました。途中の河原に上陸して十勝石探しをしました。十勝石が見つからない人は変な形の石を見つけて楽しんでいました。中には石を割ろうとして誤って自分の指を打ちつけてしまい、出血した子どもがいました。失敗も経験のうちです。

 二泊目の宿泊は十勝川温泉笹井ホテルです。ここでのお楽しみは二つ。バイキングと温泉。バイキングには道産牛肉の鉄板焼きや刺身、デザートなどおいしい食事が充実していました。皿に山盛りにしてくる子がいれば、同じ種類を何杯も食べる子もおり性格が出ていました。温泉は植物モール温泉で肌にやさしいお湯です。二日目の夜だけでは飽き足らず、三日目に朝風呂をするほど子どもたちはお気に入りでした。

 三日目はベアマウンテンへ出かけてヒグマの観察です。ベアマウンテンでは自然に近い状態でクマの生活が見られます。サファリバスに乗車し、鉄網越しに巨体の熊たちが食事をするところや、お昼寝をする姿などを観察しました。バス車内からクマを見つけた子どもたちが、「あっクマがいた!」と声をあげ盛り上がっていました。

 今回の旅では、楽しくて大声で笑ったこと、痛くても我慢したこと、おいしい料理に満足したことなど大きな収穫がありました。何よりも、子ども達と分校教員・施設職員が時間をともにして旅行を楽しめたことが最高の思い出になったのではないでしょうか。子ども達がここで経験したことをこれからの人生に活かしてほしいと思います。

2017年11月号

子どもの性問題行動の理解と支援

児童生活支援員 藤久 静恵

 九月十五日、大阪大学大学院人間科学研究科の野坂祐子氏を招いて研修会がありました。内容は以下のようなものです。

一 子どもの性暴力の特徴

 子どもの性暴力は、単なる性欲ということではなく、自己顕示力を示したい、満たされない感じ(愛情の欠如)を埋めたいという欲求から起こるものである。

また、力の無い子どもや女子でもでき、被害者に与えるダメージも大きい暴力と言える。

二 子どもの性暴力への誤解

 大人が子どもの性暴力に直面したき、

陥りやすい不適切なとらえ方がある。

 ①まさか、こんなことが身近で起こるわけがない(否認)

 ②そんなことで目くじらを立てるなんておおげさだ(容認)

 ③でも元気そうだし、大丈夫(最小化)

 ④本人に話させるのも気の毒(回避)

 ⑤あんな態度なら自業自得。好きでやっている(偏見)

 このような対応は、大人への不信感を抱かせ、問題解決が遅れる要因になる。

三 バウンダリー(境界線)の重要性

 バウンダリーは、自他を分ける見えない境目、自分を守るものである。境界線は、状況によって常に変化する。人によって、日によって違う。境界線を越えるときは、相手の同意が必要。しかし、幼い頃から性の境界線を破られ放しの子どもは、「何が悪いのか」がわからず、安易に境界線を越えてしまう。

 子どもはルールという境界線があると安心できる。ルールがあると、「あの子はルール違反をしているよ」と伝えやすくなり、被害者の自責感も減る。家庭学校においても入所時に簡単な性行動のルールを教えることが望ましいと言える。

四 性暴力の四つの壁

 性暴力に至るまでに「動機」「内的バリア」「外的バリア」「被害者の抵抗」の四つの壁がある。これらを全て乗り越えたときに性暴力が発生する。「思考の誤り」があると、善悪の判断という内的バリアを簡単に超えてしまう。

 愛着不全の環境下では、共感性が育たず、人の気持ちがわからない、自分の気持ちもわからないという状況に陥る。「ちょっとだけなら、バレないだろう」、「みんなやってる」など問題行動を正当化する「思考の誤り」が生まれる。

五 施設内性暴力の特徴

 ①パワーのある相手(年長者)には逆らいにくい。

 ②生活の場で起こるため、逃げられない。

 ③他者に求められる喜びなど何らかの心地よさやいじめられないなどのメ リットがある。

 ④身近な大人も前述のような「最小化」や「否認」をしやすい。

 施設内性暴力の対応において最優先されることは、まず、被害児の声にしっかり耳を傾け、安全を確保すること。

六 再発防止のために支援者ができること

 周囲の大人は適切な見守りを行い、SOSのサインを見逃さないことである。

加害の子の「絶対にやりません」は単なる言い逃れに過ぎず、これも「思考の誤り」である。「また、やっちゃいそうだ」と正直に言えることが大切。被害・加害双方の子どもが、気持ちをオープンに伝えられるような信頼関係を大人が作っていく必要がある。

 性問題行動が見つかった時点で、頻繁に行われている可能性がある。「様子を見ましょう」では、問題がエスカレートしてしまう。気づいたらすぐに介入した方が良い。

また、子どもたちの間での性暴力が起きたことを知ることは、大人にも強いショックと無力感をもたらす。自分の気持ちを落ち着かせ、切り替えられるようなセルフケア、大人同士の支え合いを心がける。

◎ グループワークを通して

 研修の後半はグループに分かれてワークシートを埋めながら、活発な意見交換が行われました。職員の良好な人間関係が、子どもたちの回復に欠かせないことが確認できました。

 今回の研修で多くのことに気づかされ、職員間で問題を共有することができました。野坂先生の関西弁を交えたお話は、とても身近に感じ、性問題行動という重たいテーマをわかり易く、解決の希望が持てるものとして下さいました。深く感謝の意を表したいと思います。

2017年11月号

女子職員研修旅行

児童生活指導員 清水 律子

 十月五日~六日、女性職員十名が公用車二台に分乗して、津別・北見へ研修旅行に行って参りました。午前十時、家庭学校出発。美幌町で昼食を取り、目的地「ランプの宿 森つべつ」へ。津別市街から約二十五キロ山奥へ向かうと、静かな森の中の一軒宿。おしゃれな建物の他は、見慣れた風景のような…山奥から山奥へやって来ました…という感じです。

 午後二時から四時頃まで「森の香り作り」という森林セラピーを体験しました。「森林セラピー」とは、効果を最大限に引き出す森林浴で、ストレス解消、健康増進、疲労回復などに役立つことが実証されているとか。軽~く癒されるつもりで参加したところ、これが、本当に興味深く、ガイドさんのお話、いや、それも含めた森の力にぐいぐい引き込まれていきました。

 まず初めに、見て、触って、嗅いで…と、五感を使ってエゾ松とトド松を見分け、葉と枝を採取します。そして、それぞれの松からアロマ蒸留水を抽出している間に、森の中を散策。説明を聞きながら、私は、森について知らないことだらけだと知りました。ポヨポヨっと生えている木が四歳だということ(四年もかかって、たったこれだけ?)。倒木の上で木の赤ちゃんが育ち、木としての命を失ったものが次の世代を育んでいること。時間の経過とともに地形が変わり、植生が変わり…、そんな森の営みは、私たちの想像を超える遙かに長いスパンで行われていること。

 『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』も飛び出すガイドさんのお話は本当に本当に面白く、この感動を子ども達とも共有したいと、みんなが思いました。せっかく自然の中に暮らす私たち。木や森についてもっと知ることで、見慣れた風景も違ってくるではないでしょうか。

 二日目の朝は、六時から津別峠雲海ツアーに参加。屈斜路湖に広がる雲海を見下ろす絶景を満喫しました。

 午後からは、ほくでん北見支店にてスチームコンベクションオーブンのクッキングライブを見学。行事食で中心となる先生方は、クリスマス晩餐会をイメージしながら参加されていました。みんなで聞けて良かったと感じます。最新機種の説明を受けながら、給食棟のオーブンが随分頑張ってくれた事が解りました。

 秋晴れの二日間、天候にも恵まれて、すべての日程を気持ちよく、有意義に終えることが出来ました。企画して下さった蒦本広美先生、またドライバーの楠主幹と広美先生に感謝です。残念ながら全員参加は叶いませんでしたが、もし、次の機会があればみんなで…と願っています。