ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2017年04月号

「四能主義」

校長 仁原正幹

 望の岡分校の卒業証書授与式が春分の日の三月二十日に行われました。小学六年生二名と中学三年生六名の計八名の卒業を生徒と先生方全員で祝福しました。卒業生の家族の皆さんや、児童相談所の担当者、原籍校の先生方なども全道各地から駆けつけてくださいました。さらには、遠軽町など地域の皆様にも参列していただき、厳粛な中にも心暖まる素晴らしい卒業証書授与式となりました。

 分校長のお一人である東小学校の佐々木浩二校長が式辞を述べられ、家庭学校長の私は来賓祝辞を担当しました。家庭学校の体育館の舞台に、毎年私が来賓として登壇するのは些か面映ゆい感じもするのですが、望の岡分校の先生方への感謝の気持ちも込めて祝辞を述べさせていただきました。参考までに私の祝辞を掲載させていただきます。

    ○

 小学校課程と中学校課程を修了した八人の皆さん、卒業おめでとう。皆さんはそれぞれの事情があって家庭学校にやってきました。今日まで、望の岡分校の先生方から一人ひとり丁寧に教えていただいて、勉強にもだいぶ自信が持てるようになったと思います。楽しく充実した学校生活を送って、今日、晴れの卒業式を迎えることができました。家庭学校の仲間、生徒も先生方も全員が君たちの卒業を祝福しています。

 今日は、家族の方にも児童相談所の先生方にも卒業式に参列していただきました。ご来賓の皆さんにも、君達の卒業をお祝いしていただいています。

 さらには、先ほど故郷の学校の先生から君達一人ひとりに卒業証書を授与していただきました。たった一人の生徒のために、お忙しい中、遠くから駆けつけてくださいました。本当にありがたいことだと思います。これまで心配をおかけしてきた家族の皆さんや先生方に、君たちの立派に成長した姿を見ていただけて、私としても大変嬉しく思っています。

 卒業生の皆さんは、今日の卒業式をお祝いしてくださった多くの方々の温かな気持ちをしっかりと受け止めてください。今日の日の喜びと感謝の気持ちをいつまでも忘れないでください。

 保護者の皆さんにも、一言お祝いを申し上げます。ご子息のご卒業おめでとうございます。大事な子どもさんと遠く離れて暮らすということで、辛い思い、寂しい思いもたくさんされたことと思います。それだけに今日の喜びは一(ひと)入(しお)のことでしょう。子どもさんは、一歩ずつ着実に成長しています。ただし、まだ発展途上の段階です。引き続き温かく見守っていただいて、子どもさんと力を合わせて、心を通わせて、明るい家庭を築いていかれることを念願しております。

 望の岡分校の先生方にも、改めてお礼を申し上げます。家庭学校とガッチリとスクラムを組んでいただき、流汗悟道、withの精神のもとに、子ども達一人ひとりの特性に合わせて寄り添い励ます素晴らしい教育を展開していただきました。心より感謝を申し上げます。

最後に、生徒の皆さん全員にお話をします。君達は家庭学校で校祖・留岡幸助先生が唱えられた「能く働き、能く食べ、能く眠る」という「三能主義」の教えを基に、勤勉で規則正しく健康的な生活を送り、身につけてきました。私はそれに加えて、もう一つ、先月平和山の山頂でもお話ししましたが、「能(よ)く考える」ということを提唱したいと思います。自分の特性、性格や癖などをいつも意識して、どうしたら周りの人と仲良くできるか、人の気持ちがわかるようになるか、今までのような失敗をしないで済むか、そのことを家庭学校にいる間も、社会に出てからも、毎日毎日「能(よ)く考えながら」生活し、自分の力を十分に発揮してほしいと願っています。

 今日から、またそれぞれの道で頑張っていきましょう。終わります。

    ○

 卒業証書授与式はあくまでも中学校と小学校の課程を修了した区切りとして行われるもので、家庭学校入所歴の浅い児童などについては即退所に結びつくというものではありません。ただし、中学卒業、高校進学という大きな節目でもあるので、卒業証書授与式後に巣立っていく生徒も多く、年度当初の在籍数は十五名まで減少し、少し寂しくなっています。

 さて、先月号でも触れましたが、校祖留岡幸助が唱えた大事な教えの一つに『三能主義』があります。「能(よ)く働き・能(よ)く食べ・能(よ)く眠る」という三つの「能(よ)く」をまとめた言葉で、校祖はこれを称して「感化教育の真諦」と述べています。

 私は最近、この三つの「能(よ)く」に加えて、今の時代にはもう一つ、「『能(よ)く考える』ということが大事である」と子ども達に語りかけています。近年、家庭学校の子ども達の多くが脳の器質に原因のある「発達障害」を有しているか、あるいは被虐待経験のために「愛着障害」となっています。中には両方重なっている場合もあるでしょう。

 場の空気が読めず対人関係が苦手な自閉症スペクトラム症や、落ち着きがなく注意力散漫なADHDなどの「発達障害」の人にとっては、効率性を優先し、厳格な成果主義で管理される今日の社会は生きにくいものになっていると思われます。一昔前だったら、多少仕事の能率が悪かったり、会話が苦手だったりする人でも、手作業や農作業などの場でそれなりに活躍できたものが、今はそのような場がほとんどないからです。

 現代社会に適合して将来自立した生活を送っていくためには、自分の障害特性、性格や癖などをいつも意識して、どうしたら周りの人と仲良くでき、人の気持ちがわかるようになるか、そのことを毎日毎日「能(よ)く考えながら」生活することが肝要だと思います。新世紀の家庭学校は、『三能主義』プラスワンの『四能主義』かなと、最近私は考えています。

 ここで校祖留岡幸助の『三能主義』の原典に当たってみたいと思います。大正四年(一九一五年)発刊の機関誌『人道』一二三号に掲載された「三能主義」という文章を一部抜粋してご紹介します。

    ○

 吾人が多年実験し来りたる感化教育は、少年をして能く働かしむると共に、能く食はせ、而して亦能く眠らしむるにありき。この三要件は常に少年を教育するに於て必要なるのみならず、凡ての人類を教育するに於ても亦誠に必要欠く可からざるものなり。吾人はこの三事を称して基礎的教育と云はんとす。家屋を建築するには先づ礎(いしずえ)を据へざる可からず。其如く人の子を教育するに於ても又礎なかるべからず。抑も礎とは吾人の既に述べたる勤労、飲食、睡眠の三事なりき。吾人は之を称して感化教育の三能主義となす。(中略)

 第一 勤労 何故に彼等少年をして勤労せしむるかと云ふに、彼等は概して怠惰放逸に日を送り時を移すを以て其常となす。(中略)凡そ人をして有用の器たらしむるは人の為め、世の為めになる仕事を教ふるにあり。有益なる仕事なくんば、有益なる人たる能はず。(中略)

 第二 飲食 人生の悲惨を一にして足らずと雖も、生命ありて食するものなき程悲惨なるはなく、食あるも胃嚢を充たすに足らざる程悲惨なるはなし。是を以て聖人の教を立つるや、食を以て生存の根底となす。「王者は民を以て天となし、民は食を以て天となす」と。(中略)

 能く勤労かしめて後食せしむること、感化教育の妙諦と謂ふべし。(中略)

 第三 睡眠 睡眠の活動に欠く可からざるは之を天然の状態に考察するも明かならん。(中略)四季を区別すれば自然は春夏秋に勤労きし、冬季に於て眠れるなり。その眠るや、やがて来ん春に於ける活動の下準備にして、この眠りなければ春の活動は望む可からざるなり。人も又天地と同じく活動を望まば豊かに眠らざるべからず。(中略)

 吾人は従来人生の三福を唱道し来りたるものなるが、その三福とは、勤労、飲食、睡眠を適度にすることなり。能く働き、能く食らい、能く眠らするは感化教育の真諦にして、この三者を習ひ性とならしむるに於て少年は感化せらるべく、性情は矯正せらるゝなり。

 吾人之を称して感化事業の三能主義と云ふ。三能主義たる単に少年感化にのみ必要と云はず、苟も人たるものの吾人の所謂勤労、飲食、睡眠を能くするに至らば、人生の幸福之に如くものなけんを信ず。適々感ずる所ありて此の文を草す。

2017年04月号

展示林活用の動き

副校長 軽部晴文

生徒と寝食を共にする生活を送るここ家庭学校は、広大な森林に包まれており、その環境の中で過ごすことができることはとても幸せなことだと思います。

約四百ヘクタールにもなる校内の大半を占める森は目的別に、風致林・保安林・経済林・水源保護林等に分けられ、歴代の山林担当職員と生徒諸君の手で維持されてきました。近年は生徒数の減少もあり以前のような作業活動との違いはありますが、自分達の森という意識は継がれています。

私たちが暮らす住宅や寮舎等多くの建造物が建つ一帯は風致林・保安林の中にあり、安全確保や景観維持以外の積極的な伐採等は行われていません。併せてこの一帯は環境省の特別鳥獣保護区にも指定されており住環境としてこの上ない環境といえます。

礼拝堂から幹線林道を少し上った一角に「展示林」と称されている林があります。正式には七四林班四小班です。道路に沿って白地の看板が立てられ、『東京オリンピックの際、各国選手が国の代表的林木の種子をはるばる持参。それを育苗したもののうち家庭学校の土地に適するものを十種類いただき植林。これに道内の代表的なマツを数種類加え比較栽培を行っています』とあります。

東京オリンピック関連の展示林として私たちに認識される一角ですが、実はそれ以前に家庭学校山林部がここに学校独自の展示林を造成しようとしていたことはあまり記憶されていないようです。 

留岡清男先生は戦後の復興期の校長として「教育は胃袋から」とのスローガンを掲げ全校一丸となって復興事業に取り組みました。荒廃していた山林も同様で、地元の佐々木産業と共同で大規模造林を毎年行っています。その一方で自然を教育の場として活用しようと、当時山林部担当の加藤正志先生は展示林を構想しました。昭和四一年から翌年にかけて、林業指導所の助言を受け十種類の松を植栽、その比較植栽を行うという計画を実行しました。

当時植えられた樹種は。シベリヤカラ松、オウシュウアカ松、バンクス、ストロープ、ドイツトーヒ、レジーザ、リキダに加え、日本のアカエゾ松、トド松、カラ松の十種です。それぞれ十アールの面積に三百本ずつ植えたと記録されています。

その様な活動を伝え聞いた道庁がオリンピック記念樹の植林地として家庭学校を指定されたようです。

本誌三○五号(昭和四三年六月)に「展示林樹苗を受く」として、『東京オリンピックの際、各国選手が国の代表的林木の種子をはるばる持参、それを育苗中であることは世間一般にはあまり知られていない。四月二五日道庁の馬淵氏が来訪された時、北海道として「この記念樹をどこへ植えたら各国選手の好意を顕示出来るか苦慮している」との話があった。博物館には林木の見本、展示林には十種類が植樹され、造林への関心の高いことに感銘を受けたと感想を述べられた。あらゆる部門から参観者のあることが知られて、ここの土地に適するものを十種類いただき一部は展示林に一部は育畑に移植した。』同号のサナプチ日記にも同年五月一日に秋葉・横山両先生が野幌の農林省木育種場光珠内に樹種を受け取るため向かったと記されています。

以後五十年を経た今の展示林ですが、成長を遂げた樹木がある一方で、この土地になじめなかったか、あるいは野鼠など外敵被害を受けたかで無木地も広がっています。

そして再び東京オリンピックの開催が決まったことで、家庭学校の展示林のいわれをご存知の方を中心として、展示林の樹木を何らかの形で活用できないかとの機運が盛り上がっています。

各国に由来する苗木は全国各地に植林されたと思われますが、現在判明する植林地は東京都の代々木公園が確認できるほどだそうです。そのため地元遠軽町や北海道において展示林から産出される間伐材等を活用した木製品などに利用できないか検討に入りました。 

この話が持ち込まれた当初は、正直戸惑いを感じました。それまでは家庭学校関係者以外にそれほど注目もされてこなかった林だったからでした。

しかし、五十年前にスポーツの祭典の友好の証として持ち寄られた種子が育ち、この度の大会ではその返礼として使われたとしたら、それはとても夢のある話だと思えるようになりました。

もう一つ夢が出来ました。それは今残されている樹木の種子を採取し育苗後に再び学校の展示林に植栽する話があることです。これまで展示林は樹種間の比較植栽を目的としていましたが、そこに、同一樹種の時間差による成長の比較も同時に目にすることが出来るようになる楽しみであります。

経済林は一定の成長を待って伐採し売却されることでその目的を終了しますが、展示林ではその樹種を示すこと自体が目的であるために、最終目的は何なのかよくわかりませんでした。しかし今回のような活用方法が実現できたなら、展示林の新たな姿を示すことになりそうです。

当時の生徒の手で一本一本植林された木々を後輩が手をかけて育て、さらにその後輩の時になってようやく伐期を迎える。森林を育てることは本当に長い時間をかける作業です。自分が植えた当初は将来どのように活用されるのか見当も付かないが、今回のように夢のある活かされ方につなげる事ができるのは楽しいことです。

この仕事も同じような事に思えます。一人の生徒を活かすにはどう向き合うか、四苦八苦の毎日ですが、柔軟な発想が出来るなら、生徒という将来の夢を育てる仕事となる様に思えます。

2017年04月号

一年を振り返って

主幹 楠美和

 「若い職員を育ててほしい」と校長先生からお話をいただき、寮担当を離れ一年になりました。子ども達がいることが当たり前の生活をしていたので寂しい気持ちと自分に何が出来るだろうかという葛藤の一年であったように思います。

 作業班では園芸を担当させてもらいました。収穫感謝特集号で一年の反省をしていますのでご覧いただければと思います。

 中卒生の授業では、自己紹介の仕方や履歴書の書き方、マイナンバーについてなど一般教養という科目で自分も楽しみながら一緒に勉強させてもらいました。各寮から集まった中卒生と話をすることのできる貴重な時間でした。

 輪休寮での食事づくりは寮での子ども達の様子を調理場から窺うことができます。食事作りは家庭学校の寮母の大切な仕事の一つです。湯気を立てた食事が並んでいることの安心感、味が薄かったり少し焦げていたり、野菜が不揃いの時もありますがお店やコンビニの味と違いそれが家庭の味らしく、みんなで談笑しながら囲む食卓こそがごちそうなのかもしれません。子どもと過ごすこのひとときはこれからも大切にしていきたいと思っています。

 職員室にいる中で感じたことがあります。子ども達はいろんな人に係わっていただいているということです。一人一人のことを考察していただいています。分校の先生、本館の先生、事務所の人、ボランティアの月曜会の人たちは、子どもに「調子はどうか」などと声をかけていただきいつも温かく見守っていただいています。休憩時間での出来事や授業の様子、何気ない会話などで感じた子ども達のことをそれぞれの立場や側面から話し合うことが職員室のあちこちで行われています。子ども達はいろんな人から支えられています。今まで職員として知らなくてはいけないことを知らず、見ようともせず、寮での子どもの一部だけを見ていたように反省しています。

 一番動揺したのは主幹という立場でした。子ども達は、私の立場だから見えること、見せてくれることがあります。私から見える寮の様子があります。でも、それを上手に反映できませんでした。子どもの支援としてつなげることが必要だと考えています。寮の職員、子ども達、輪休の職員の連携、サポートをとれるように励みたいです。

 当初、軽部副校長から『ひとむれ』の原稿のお話をいただいたのは秋でした。そのときは「寮を離れて寮母について」という題で依頼を受け、簡単なレジメの様な文章を書いていました。今、「一年を振り返って」という題で書いて欲しいといわれ、レジメを見返してみるとその時の感情とは違いがあるように感じます。そのズレが私の成長であればと感じています。

 保母先生と呼ばれていた若き日には、保母先生という言葉に違和感を感じ、好きになれませんでした。しかし、呼び方など関係ないと思うようになりました。家庭学校では奥さんと呼ばれるようになりました。武蔵野の寮母さんが奥さんと呼ばれていたので懐かしくもあり、重みに緊張感もありました。一昨年から家庭学校では女子職員を奥さんから名前になり、美和先生と呼ばれた時は照れくさく恥ずかしかったです。今は何と呼ばれようとも構わないと思っています。

 でも、主幹は重いです。いろんなことをやらせていただき、その一つ一つに意味があり、偶然ではなく必然であると考えています。子ども達の頑張っている姿がみたい。笑顔がみたい。それを引き出す職員の姿がみたい。笑顔がみたいです。

 今、本当に尊い仕事をさせていただいていると感じます。保護者の方から大事なお子さんをいろんな思いを託されてお預かりしています。子ども達だけでなく、保護者の方にとっても安心できる存在でいたいと思います。職員にとってもそうありたいです。

 恩師でもある日本福祉大学名誉教授の大泉溥先生から「一般寮の寮母でなくフリーの寮母にしか出来ない事もある」と激励していただきました。寮母として子ども達のそばにいたいという気持ちはもちろんありますが、今はたくさんの子ども達と係わることが出来、応援出来る立場に立たせていただいているのでありがたく思っています。子どもと生活を共にしていただいている若い寮長、寮母さんたちの微力ながら力になれれば幸いです。今は、多くの課題があるので、不安より邁進するしかないと覚悟しています。先日、分校の先生から「やっぱり美和先生は関西人だなあ」と言っていただきました。決してヒョウ柄好きではありません。笑顔の職場を目指します。

2017年04月号

最後のお小言と願い

望の丘分校中3担任 臼井英主

 このタイトルの学級通信を最後に配布しました。以下、その文面です。生徒に語って聞かせる口調で書かれている点をご了承ください。

自分から挨拶ができる人になりなさい。挨拶は先手必勝。返事は聞こえるようにしなさい。返事は届けるものです。気をつけは背筋を伸ばして美しく。指先を伸ばしてかかとをつけて。場に応じた言葉遣いを心がけなさい。暴言はもって

のほかです。

 「ごめんなさい」を言える人でありなさい。素直に謝れる心の持ち主になりなさい。成長は、素直な心に根ざすものです。「ありがとう」を言える人でありなさい。あなた方が、ありがとうの多い人生を送れますように。それはきっと幸せ

な人生だろうから。

携帯に「使われる」ことのないように。画面ばかり見て歩いていると車にひかれます。ネット社会を生きていくためにも、生身の人とのコミュニケーションを欠かさないようにしなさい。現実の世界で言ってはいけないことは、ネットの世界でも言うんじゃない。人の心に対して繊細でありなさい。心はつかめないもの。両手でそっと掬うように。長い人生、ときに大胆でありなさい。何が起こるかわからない世の中、図太さや剛胆さも必

要です。

 何かに秀でなさい。一番になりなさい。

その道での泰斗(すぐれた人)でありなさい。いつか五大陸に名を轟かせなさい。といっては大げさかも知れませんが、2020年東京オリンピック日本代表になるぐらいのつもりでいなさい。もちろんスポーツの世界でなくていいので何かに

秀でなさい。そのための努力をしなさい。

 おいしいものを食べなさい。たくさん食べなさい。残さず食べなさい。いいものを食べなさい。家庭学校の野菜はいいもののひとつです。好き嫌いせずに食べなさい。マナー良くきれいに食べなさい。食べかたがきれいな人は、女性にもてる。かもしれない。自分が食べておいしいと思うものを誰かにも食べさせたいとか、誰かと一緒に食べたいとか。みんなにとって、そんな誰かがいますように。これ

から現れますように。

 いつか社会で立派に働きなさい。社会でやっていけるようになるために、必要な力をつけなさい。人とのつながりを大事にしなさい。物相手、お金相手、動物相手などいろいろな仕事がありますが、必ず人とのかかわりがあります。お礼を

言えて、謝罪ができる人になりなさい。

 人との信頼を築きなさい。文句ばかり言っていては、人は離れていってしまいます。「中学生とは、自分はやらないしできないくせに人への批判はいっちょまえ」。経験的に私はそんな風に思います。大人になるにつれ、言うこととやることを一致させなさい。難しいことだけど。いつか福祉や介護の世界で生きていく人へ、やりがいのある仕事だと思います。体に気をつけて。いつか商売の世界で生きていく人へ、繁昌を祈っています。裕福でなくてもいいけど、食べるのに困ら

ない程度はしっかり働こう。

 嘘をつくんじゃない。ひとつ嘘をつくと、それを本当のことにするために、別の嘘をつかなければならなくなります。嘘をつき続けることになります。嘘でごまかす人間になるんじゃない。ずるい人間になるんじゃない。でも、誰かを傷つけないようにするための、優しい嘘はもしかしたら必要なことがあるかも。めっ

たにないかもしれないけど。

 差別をする人間になるんじゃない。「誰誰のことが嫌い」それはみなさんの勝手です。しかし、嫌いだからといって差別をしてはいけません。障害のある人を差別してはいけません。「自分と違う」ことを理由に差別をしてはいけません。差別をするのは、自分が差別をされてもいいと認めること。「俺は差別されてもいい」と開き直るのもいけません。口先だけで開き直って生きていけるほど世の中は甘くありません。差別をしてはいけません。今後の皆さんの人生で、過去に家庭学校にいたことを理由に不当な扱いを受ける。そんな差別があってもいいですか?

 あいさつ代わりに「死ね」と言うんじゃない。そんなことを言ってはいけません。呼吸をするように「殺す」と言うんじゃない。そんなことを言う人が、幸せになれるとはとても思えません。そんなことを言うまでもなく、人はいつか必ず死にます。それを悟った上で、自分の命も他人の命も大事にしなさい。ひどい言

葉は命に傷をつけます。

 みなさんは日ごろしょっちゅう文句を言っていたけれど、いつか大人になったとき、昔を偲んで「文句ばかり言っていて子どもだったなあ」と笑って振りかえることができる人になっていますように。文句ばかり言う大人になりませんよ

うに。

幸せになりなさい。ただし、人の不幸の上に自分の幸せを築くことがないように。ずるい人間にはなるんじゃない。しずかちゃんのパパは、のび太くんのことをこう表現しています。「人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人」。みなさんも、そんな人になりま

すように。

 くれぐれも、幸せになりなさい。幸多

き人生を。

 本日をもって、平成28年度臼井組を解散します。

 それじゃあみんな、達者でな。