ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2015年03月号

「『石上館』復活」

校長 仁原正幹

 創立百周年に当たる二〇一四年度の施設整備事業として全面改築工事を進めてきた石上館(せきじょうかん)がこのほど完成しました。内部の設備等の点検や調整も一段落したことから、旧石上館の寮長・寮母と子ども達が、七カ月間仮住まいしていた柏葉寮からの引っ越し作業に邁進しています。待ちに待った石上館復活です。

 新しい石上館の建物は四代目に当たります。初代の石上館は、創立当初に建てられた向陽寮、掬泉寮などに次いで、創立四年目の一九一七年に建てられましたが、十五年後の一九三二年には焼失してしまい、その年の暮れに二代目石上館が再建されています。その二代目石上館は一九七四年の創立六十周年を機に三代目(旧石上館)に建て替えられました。六十周年から百周年の間ですから、旧石上館はちょうど四十年間稼動したことになります。

 旧石上館の最初の寮長は、『もう一つの少年期』などの著作で知られる藤田俊二先生でした。退職される一九九三年まで、二代目石上館の時代から通算して二十八年間石上館の寮長を務められ、膨大な児童記録と数々の著作を残されました。

 その藤田俊二先生は昨年の七月二十九日にご逝去されましたが、時を同じくして旧石上館の解体工事が行われており、訃報に接したときには、先生の御霊が思い出深い旧石上館と共に昇天されたのではないかとの感慨にふけりました。

 初代の石上館が建てられる前年の一九一六年には初代の樹下庵(じゅかあん)が建てられています。北海道家庭学校の敷地内の多くの建物の名前は、百年の間、建て替えがあっても同じ名前が脈々と引き継がれてきています。そのほとんどの命名は、創立者の留岡幸助校祖によるものと思われます。樹下庵については、かつては校長住宅とかゲストハウスとして使用されており、現在の建物は二〇一三年に研修室なども備えた形で新装成っております。

 この樹下庵と石上館は、セットで命名されたものだと想像しています。禅語に出家行脚する者の境地をたとえる「樹下石上(じゅかせきじょう)」という言葉があります。この言葉は仏道を修行する者が宿とする道端の樹の下や石の上という意味で、樹の下であろうと、石の上であろうと、今居るところ、即ちどこにいても、そこが座禅道場なのだという教えを表しています。

 クリスチャンであった留岡幸助ですが、非常に幅広い知識と柔軟な考え方を持っておられた方だったようです。

 二月五日は校祖留岡幸助の祥月命日に当たり、幸助辞世の句を刻んだ石碑の建つ平和山山頂に全校生徒と職員が登りました。下りはスキーの滑降競技となりました。

2015年03月号

「未掲載『のぞみの』の巻頭言」

望の岡分校教頭 里見貴史

 分校だよりを『のぞみの』にしてから、2年が経とうとしています。不定期発行ではありますが、分校の先生方、家庭学校の職員、町内の小中学校、そして保護者に送付をしています。施設の併設校として、子どもの名前、アップの写真、行事予定の掲載はタブーであり、どうしても扱う記事や見せ方が通り一遍なものになりがちです。しかし、おたよりを通して、家庭学校と一体となった取組や、真の子どもの様子、分校教育の良さ困難さを多くの方に理解していただきたく、一面は少しでも目につくように、家庭学校の自然や建物の絵と、詩とも散文ともつかぬ巻頭言を、その時折の栞として載せています。

毎週、語りかけるような心のこもった通信を、分校の先生方は子ども達に向け出しています。その取組にも誘発され、前向きなメッセージ文となるよう心掛けてはいるのですが、中には、感傷的であったり、後ろ向きであったり、タイミングを逃したりと、結果未掲載となった巻頭言がありますので、この場を使い紹介させていただきます。

【春光の栞】

木々もわずかなぬくもりを発し

まあるい春の広場を作っています

何百羽もいるかのヒバリが姿を隠したまま グランドいっぱいに鳴いています

雪割り作業がんばれ

連休は今年こそ皆でソフトボールをしよう

【夕凪の栞】

夕方 教務室に子どもたちが

願い事にやって来ます

それは 消しゴムだったり

ノートだったり シャーペンだったり

家庭学習のプリントだったり…

本当に健気な願い事なのに

改まって敬語を使って

それはそれは大事そうに受け取り

寮へと帰っていくのです

【立秋の栞】

思い通りにならなくて良かった

その場しのぎで あまりにも軽かった

思い通りにならなくて良かった

自分勝手で とても醜かった

もっと 強固になりたい

もっと 柔和になりたい

一歩一歩のあゆみ合わせ 

山頂のハルニレは大きくなり

空は高く高くなっていった

2015年03月号

分校職員の声2

小五担任 廣川淳子

「集団の中から

Aさんの声だけ耳に入ってくる」

 Aさんの担任になって、もうすぐ二年になろうとしている。ほぼ毎日、朝の会から十五時四十五分まで、太陽の出ている間は同じ空間で過ごしている。

 子ども達が、何人かでふれ合っておしゃべりしている集団に、Aさんがいるかいないかがすぐわかる。さらに、Aさんが何をしゃべっているのかAさんの声だけ耳に入ってくる。長い時間関わっていると不思議と耳と脳が反応しているみたいだ。

「Aさんは、遊びの天才」

 休み時間になると、「先生、これしよう。」と誘ってくる。遊べる時間を考えて遊ぶ内容をセレクトしてくる。十分だったらこれ、五分だったらこれ、二分しかないからこれ、と一分でも遊べる時間を無駄にしない。けん玉、あやとり、竹とんぼ、ボードゲームなど内容は様々。「友だち来ないかな・・・。でも、先生と遊ぶからいいや。」と寂しそうに言う時もあるが、相手が大人でも、遊びの天才は十分に楽しめているようだ。

「一人学習」

 一人で授業を受けているAさん。学習進度は、遠軽町内トップであろう。授業中は、おしゃべりする相手もいない、周りに気を取られることもない。集中して取り組む姿勢にいつも感心する。

 小学校の教科書には、「グループ学習しよう。」「友だちの考えを聞いて感じたことを発表しよう。」「みんなの前で発表しよう。」ということがよく書かれている。そんな時は、「教室にもう一人でもいたらなぁ・・・。」と思うことがある。同級生と触れ合わせてあげたいな。一緒に学習できたらいいなぁ・・・。

その願いが叶って・・・「稲作合同学習」に参加させてもらえることになった。

「譲れないでなく、

譲る相手がいなかっただけ」

 Aさんは、四年生の頃から、五年生の社会科で学習する「お米づくり」をすごく楽しみにしていた。本校の東小学校と瀬戸瀬小学校のお友達と、三回にわたってお米づくりの体験をさせてもらった。集団の中での整列や移動、説明を聞いての作業、楽しみながら、お友達と協力して行うことができた。「いいよ。」「はい。どうぞ。」お友達に優しい言葉をかけて譲っているAさん。分校では、あまり見られない光景だった。譲る相手がいなかったから・・・。Aさんは、お友達に譲ったり優しくできる子なんだと再確認できた。二月、六年生の新入生が来て、小学生二人になりました。たくさん学びたくさん遊ぼうと思います。

2015年03月号

「家庭学校と子どもたちと私」

中1担任 小椋直樹

 分校にお世話になるようになってからもう少しで丸4年が経とうとしています。自ら望んでこの学校に赴任してきました。遠軽出身の私ですので、家庭学校のことはある程度知っていたつもりでした。いろんな意味で難しい子どもたちを相手に素晴らしい実践を積んでいる施設である。自分には大した実力はないけれど、音楽はどんな人の心にもきっと響くはずだから、歌が私と子どもたちを結んでくれる。そんなことを考えながらやってきました。

 しかし、実際の授業ではそうはいきませんでした。まず話や歌を聴いてくれるどころかきちんと座っていることもできない子どもたちでした。ここはやっぱり注意するべき時は注意しなければ。「君たち、いいかげんにしないか。先生にも考えがあるぞ!」普通なら子どもたちがハッとなって静まり返る場面です。一瞬の間もなく「なんだよ。どうするってんだよ。やってみろよ。」ショックでした。こうなるとまったくの無力です。各寮の寮長や家庭学校の先生方はこういう子たちを相手にして日々実践しているのです。それを見た時、今まで考えていた理想の教育「学校と家庭が協力しあって」という考えが甘かったのでは?と思うようになりました。家庭のしつけあっての学校ではないか。まったくしつけられていない子たち相手では今まで自分が実践してきたことは全く通用しないことを思い知らされました。兎に角寮長はじめ先生方の足を引っ張らないようにしなければ。そう思って最初の年は過ぎました。

 その後2・3年の担任も経験させてもらい、厳しい中にも楽しい子どもたちとの交流も持てるようになりました。寮で失敗したと落ち込んでいる子どもたちにどこまで話に入り込んでいいのか探りながらも、話を聞くことによって子どもの気持ちが軽くなれば、とか、それは寮長先生がきっとこういう願いを持っているからじゃないかとか、ちょっとでも役に立ちたいと願ってやってきました。でも現実はうまくいきません。叱られることも数知れず。

 今年は春からず~っと待ち焦がれていた1年生がやって来て、担任として、素直に「待ってたよ」という気持を前面に出して接しています。来たくて来た子じゃないにしても、歓迎された方が嬉しいにきまっています。「もうちょっと早く来てくれたら、これを教室中に貼ろうと思ってたんだ。」見せたのは紙で作った桜の花びら。でももう雪が降りそうだから。春から準備していた教室の各種掲示物。何よりずっと先生は一人で君の机を毎 日磨いて待ってたんだよ。寮に寄った時寮母先生から彼の音楽発表会の頑張りを我が事のように礼を言われて、胸が熱くなりました。

 先生方の邪魔になることなく、一人の大人として子どもたちと接していくことができたら。そう願っています。

2015年03月号

「学級紹介」

中2担任 金栗玄

 昨年四月、三人でスタートした二年生も、今では、七人にまで仲間が増えました。

その間、子どもたちは、日々の生活や多くの人とのかかわりを通して、少しずつですが成長してきたように思います。 

 今、改めてこの一年を振り返ると、一学期は落ち着かない日々の連続でした。先生方の指示に従えず暴れたり、暴言を吐いてしまったり、また、気持ちの高揚を押さえきれず不適切な行動をとってしまった りと、毎日のように問題が起きていたように思います。特別日課になることもしばしばで、普段の授業でさえ取り組めなくなることも多かったように思います。

 しかし、二学期になると徐々に暴言も減り、授業にも、少しずつ落ち着きが見られるようになってきました。また、音楽発表会では一人ずつ楽器を担当し、曲を演奏します。中には初めての楽器を使う子もいましたが、音楽科の先生方に支えられ、当日は立派に演奏することが出来ました。

 三学期はスキー学習です。今まで一度もスキーを経験したことのない子もいます。しかし、クラスの全員が意欲的に練習し、わずかな時間で見違えるほどの上達を見せました。

 こうして見ると、いつの間にか、子どもたちは、日々の授業や行事の一つ一つに真剣に取り組むことができるようになってきています。子ども達の能力は様々です。しかし、自分の能力に応じて学習に行事にと頑張っています。今でも、途中で取り組めなくなってしまうことや、周りと些細なことでトラブルになってしまうことはあります。しかし、ここでの生活を通し、一歩ずつでも成長していってくれることを願っています。

 

◎ 3学期の目標(本館生活・作業)

〔しょう〕

・ノートに字をきれいに書く

・手抜きしないでがんばる

〔かずき〕

・授業態度を良くする

・最後まで作業を集中する

〔ゆうき〕

・あいさつや返事をする

・注意されないように気を付ける

〔じゅんや〕

・べんきょうをがんばる

・ぜんぶテキパキする

〔まさと〕

・授業中は静かにする

・手を休めずにちゃんとする

〔はるき〕

・苦手な教科を「できる」ように毎日勉強を集中してやる

・最後まで手を休めずきちんとすばやく作業をする

〔ふうや〕

 ・国語と数学をがんばる

 ・みんなと協力して作業する

2015年03月号

「学級紹介」

中3担任 茂木大地

 四月に八名でスタートした第三学年は、現在十一名になりました。毎日、様々な課題を抱える彼らと一緒に課題に向き合い、彼らの成長を見守り続ける、そんな日々の連続でした。

 茂木学級には三つの目標があります。

• 元気にあいさつをする。

• 目の前のことにがむしゃらに取り組む。

• 人の嫌がることをしない。

その中でも特に、②番の目標を達成できるようになって欲しい。そんな願いを込め、彼らの指導にあたっています。

 普段の彼らは、笑顔で生活していることが多いです。しかし、困難なことや思い通りにいかないことがあると、投げやりになり、時には逃げ出してしまいます。また、そういった状態になると、悪態をつき周囲に迷惑をかけてしまうこともあります。

三年生のほとんどは、四月から高校へ進学します。過去の卒業生同様、春から始まる高校生活に胸をときめかせています。しかし、残念なことに過去の卒業生を見ると、無事卒業できたのはほんの一握りしかいません。様々な誘惑がある中で、目の前の課題にしっかりと向き合うことができず、退学してしまうケースが非常に多いです。

 高校を卒業することがゴールではありませんが、紆余曲折あって、ようやく定めることができた目標です。担任としては、一人でも多くの生徒が、目標を達成できることを心から願っています。そのために、残り少ない時間ですが、目の前のことに集中できる時間を伸ばし、そういった時間を積み重ね、少しでも自信を持って義務教育を終えて欲しいと思います。

 幸いなことに、子どもたちは学校が好きです。今まで学校や大人に対して、不信感を強く持っていたと思います。ですが、今では大人達の言葉に耳をかたむけ、大人達の支えを必要としています。

先日、ある生徒に面接指導の際に、「どういう中学校だったか、どういう中学校生活だったか」という、質問をしました。すると、「自分の悩みを聞いてくれる、頼りになる先生がたくさんいました。今まで、落ち着かない日々を過ごしていましたが、先生方の力を借りて、落ち着いた学校生活を送れるようになりました。」と返ってきました。

 分校と施設が力を合わせ、行ってきた活動は、間違いなく子どもたちに伝わっています。次のステップでも、信頼できる人を見つけ、これからの大きな成長へと繋げていって欲しいと強く願うところです。