ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2011年08月号

運動会

校長 加藤正男

礼拝堂の周りの樹木は緑の葉におおわれ、礼拝堂のなかに入ると、冷気を感じます。

「礼拝の堂にとゝかぬ夏木立」と北海道家庭学校に大正10年の夏に突然訪問された大町桂月氏は読まれました。それから90年たち、周りの木々は成長しています。

大地の詩ー「留岡幸助物語」が全国で好評にて上映が始まっており、来訪者が増え、礼拝堂にご案内する日々が多くなっています。礼拝堂の前でスケッチブックを広げスケッチをしていた方もおられました。

留岡幸助先生のお孫さんに当たるご家族、ひい孫に当たられるご家族もおいでになる予定です。多くの方々がこの礼拝堂に来られ、留岡幸助先生の思いを感じて頂けることは大変ありがたいことです。

6月26日は運動会でした。その2週間前から組み体操等練習が繰り広げられましたが、なかなか組み体操は難しいのです。体力的に劣る生徒もおり、それを仲間同士で助け合わなくてはなりません。サポートしていくチームワークをつけていくのは、指導する先生方は苦労します。生徒たちもうまくいかなくなるとすぐやる気を失い、集中力に欠けてしまいます。頑張りすぎて肩を痛めた生徒も出てきます。

本番は大丈夫なのかと先生方は、不安になりますが、運動会当日は、今までの練習のなかでも最高の出来で保護者の方々やご来賓の方々の前で披露できました。

A君は「組み体操ができ自信につながった。きつかったが、やってよかった。」と以前通っていた学校の担任の先生に話すことができました。

チームワーク、人と協力して何かを成し遂げる、対人関係に苦手な生徒の多い、そして体力に自信のない生徒もおり、日頃の生活をやっとこなしてきている生徒にとっても組み体操は、貴重な成功体験であり、先ほどの担任の先生の学校でも取り組んでみようかなと言って頂けるものとなりました。

分校がスタートして3年目、本校の校長先生も、今年の運動会は天候にも恵まれ、生徒の半数以上の保護者が来られており、そして応援風景も非常によく、わが子の成長を見守っている姿が素晴らしいと話されていました。3年前の運動会は、生徒の2割ぐらいしか保護者は来られず、寒くて毛布をかぶって観戦している保護者もあったので、応援風景もさみしいものがありました。

今回は、来られない保護者の方も4割ぐらいおりますが、来られた保護者の方々は、わが子の成長している姿に感動され安心の表情が見られました。まだこちらに来たばかりですが、「たったひと月ここで生活しただけでも見違えるようだ」と保護者から言われた生徒もうれしそうでした。普通の学校ではほとんどの保護者の方が来られるのと比べると、厳しいものがあります。引き取りを拒絶されている保護者の方もおられますので、その保護者に対しては生徒たちの成長を見て頂くことができず残念な思いです。

7月の7日・8日は第62回全日本少年野球東北・北海道地区岩手大会が、盛岡市県営野球場でありました。いわゆる児童自立支援施設の甲子園大会です。参加チームは7施設です。私は大会の会長として挨拶と全7試合を見て表彰状伝達をしました。始球式のボールでは力み過ぎてワンバウンドになりました。

どこのチームも決勝に残るため必死です。施設によっては小学生も、女子生徒も選手として参加して盛り上げています。野球を一度もしたことのない生徒、ルールをほとんど知らないところから、仕上げていくのは、大変なことです。生徒によってはルールを間違え暴走してしまう場合もあります。急に投手が精神的に崩れて四球の連続になる時もあります。失敗も多々ありますが、みんなで声を出しながらカバーをしています。全国大会に行くという目標をもって頑張る姿は、感動を呼びます。決勝に残った2チームは京都で行われる全国大会に出場します。

家庭学校は62回大会のうち、大沼学園が当番校になった時に1回出場しただけです。

土曜日のクラブ活動として当校も野球部はあります。9月ころ遠軽町で遠軽周辺地区の中学生新人戦に参加していますが、なかなか、この全国大会をめざすという大会に参加できません。距離的な遠さや生徒の人数の多さや、予算的にもかなりかかるからです。

野球が今あまり一般的なスポーツではなくなったとはいえ、生徒たちにとって野球体験は忘れがたいものです。練習ではすぐ集中力を欠いてしまったり、人の失敗を馬鹿にしたり、監督の指示を聞いていなかったり、チームワークがなかなかできませんが、そういった体験が大切です。試合では、3年前には遠軽地域の新人戦に初戦勝利したこともありました。ここ2年間は、初戦に勝つことはできていません。

かつては子どもたちの遊びの中心だった野球は、サッカーにとって変わっています。

家庭学校における体育の種目として、サッカーは、水曜日の午後行われる体育レクレーションの授業として活発に行われています。そして生徒たちも技術の高い生徒もおり、生徒と先生方が盛り上がってチームワーク良く試合を行っています。

土曜日のクラブ活動としてバスケットも本校の遠軽中学校と練習試合を秋に本校の体育館で行います。昨年は互角の戦いで、生徒たちも日頃の練習成果を出して精一杯頑張りました。

巣鴨の家庭学校でも野球の練習は盛んであり、早稲田中学や浦和中学との練習試合をしています。(明治40年12月5日「人道第32号」)

ただ家庭学校内で学習や作業は怠る傾向がある生徒が野球ばかり熱中し、また、幸助先生のお子さんたちが、午後生徒たちが作業をする時間にキャッチボールをするのでかんばしくないと当時の職員の日誌にかかれています。

身体を鍛えると言う事については当然のことながら留岡幸助先生は、教育のもとと大切にとらえられており、当時、起床時の水浴を日課の一つとして実施していました。

「教育の基礎は健全な身体にあり、家庭若しくは学校に於いて教育に従事するものの決して忘却すべからざる一事は、教育に着手するにありて、まずその生徒の身体如何を検査し、その身体により教育を始むることなり」(留岡幸助著『家庭学校』明治34年6月16日発行)

そして、夏休みには、職員生徒全員で千葉の房総の保田の海岸に家を借り、そこで一ヵ月近く過ごすことが恒例の行事となっていました。巣鴨の家庭学校で多く起こしていた問題行動・無断外出や作業・学習の怠慢行動も少なく、海水浴や近くの山に登ったり健康的な生活を楽しんでいました。

7月17日から掬泉寮の全面改築工事と洗心寮・平和寮・柏葉寮のトイレ改修工事がはじまりました。

現在4か寮体制となってしまい、40名の生徒数です。家庭学校で学ぶべき生徒を受け入れることのできない状況です。

夫婦寮を担うご夫婦を求めていかなければならないのです。

24時間生徒たちと生活を共にし、自然厳しい地での家庭学校の職員としての営みは、大変な覚悟が求められます。夫婦寮を守られている児童自立支援施設においても、このことを守っていく厳しさを感じています。

夫婦寮の先生方も介護の必要なご両親のため、帰郷せざるを得ない場合があります。先生方のお子さんにも朝早くから夜遅くまでの部活活動等の送り迎えで、自分のお子さんを育てるのが精一杯になる時があります。

現在家庭学校で生活している職員のお子さんは14名おります。

高校や中学に通学しているお子さんは、雪のない季節は自転車で遠軽の町に通っています。小学生は、校門のところにバス停があり、通学時間・下校時間には、バスがでており、遠軽町の小学校に通っています。家庭学校の職員の家族としてここで育った方々は、各方面で活躍しています。

2011年08月号

東北・北海道地区職員研修会報告

楠 哲雄

この度の東日本大震災で被害を受けられた施設の皆さま、謹んでお見舞いを申し上げます。

平成23年2月3日〜4日にかけて平成22年度東北・北海道地区児童自立支援施設協議会職員研修に参加させていただきました。今回は秋田大学教育文化部の柴田健教授より「処遇困難児への支援」ー関係性への配慮を中心にーという題で基調講演が行われ、各施設から困難児童のケースを持ちより事例研究、交流会、施設見学が行われた。

基調講演では先入観だけで子どもを判断していないかを問われた。第一印象の持つ危険性や発達障害等の診断名に先入観を持ち、子どもの顔を見る前から身構えて、勝手に子どもをどういう子かを決めつけてしまう傾向を指摘された。問題にばかり捕らわれるのではなく、現状を解決することに視点を置いた物の考え方をする、アメリカの精神科医であるミルトン・H・エリクソンの説いたブリーフセラピーの有効性を教えて頂いた。

事例研究では「処遇の困難な児童の指導について」参加者が発表した後に柴田健教授に助言を頂いた。各施設ともケース発表では医学的診断名にADHDや反抗挑戦性障害、広汎性発達障害等、発達障害の診断名がずらりと並ぶ。もちろん私の出したケースにもアスペルガー症候群と診断されており、このケースを選んでしまうところに、昨日基調講演で話を頂いた柴田教授の先入観に問われた決め方、処遇の困難な児童イコール発達障害の診断を受けている子として決めてしまい、子どもの問題を大きくしてしまっているように感じてしまった。先入観にとらわれず視点を変えて子どもと向き合うことができそうである。

交流会では各施設の職員、同じ志を持った者同士、児童の指導について、各施設の現況等、様々な話を伺うことができた。一人で問題を抱えてしまい易く、行き詰まることの多い仕事だと思うが、違う施設の職員との話は気持ちを奮い立たせるものとなった。

施設見学では千秋学園を見学させて頂いた。市街地から少し離れた閑静な場所に位置しており、豊かな自然に囲まれた所であった。見学時に中卒生が環境整備をしていたが、自立支援施設らしく気持ちの良い挨拶を頂いた。男子は野球部の活動に力を入れて全国大会出場、優勝を目指して取り組んでいる話を聞いたが、活気溢れる雰囲気が漂っていた。大抵の施設は作業指導に事業費が割り当て難い現状があると聞いていたが、敷地の中に暖房設備の整った大きな温室があったのには驚いた。そこで花を育成していたが学園内の敷地を彩る他、地域にも配布することで社会奉仕の精神も育てているとのことであった。手の行き届いた施設とそこにいる子どもの生き生きとした姿を見ると、学園の先生方の絶え間ないご尽力が感じられた。

最後になりますが、当番施設である千秋学園の先生方には、有意義な研修にしていただき誠にありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。

2011年08月号

先生を問う(我身を振り返り)

渡辺 伊佐雄

7月10日より武蔵野学院での3泊4日の研修期間をはさみ、その前後を合わせて1週間東京へ出張をしてきました。やや肌寒い旭川空港を薄手のジャケットを羽織って発ち、着いた猛暑の羽田空港は明らかに北海道とは違う夏でした。節電の気運もまたそれに拍車をかけている様でもあり、実際に武蔵野学院の研修宿舎もエアコンの設定が29℃に固定されており、更には事務所内ではエアコンを使わず扇風機で仕事をされていると聞き、その御苦労に頭が下がりました。

今回の出張は、研修への参加に加えてお世話になっている大学の先生や施設の方々にお会いする事も目的であり、その中で研修以上に学ぶ事も多くありました。特に自立援助ホームの草分けである〈憩いの家〉を20年位振りに訪ねさせていただけたことや、憩いの家の三好洋子さんが現在係わられている〈フリースペースえん〉を見学させてもらえたことは素晴らしい出来事でした。〈えん〉は、川崎市子ども夢パークの中にあり、学校や家庭・地域の中に居場所を見つけられない子どもや若者たちに集まれる場所を提供することを目的に西野博之さん達により91年に開設された〈フリースペースたまりば〉を発端に、その15年後に誕生したそうです。NPO法人たまりばの理事長であり、川崎市子ども夢パーク自体の指定管理者で所長でもある西野さんにお会い出来お話を聞けた事はとても貴重なものでした。〈えん〉は想像をはるかに超えており、私が語れば語るほど本質から離れてしまいそうそうなのでくわしい説明は割愛しますが(ぜひ、調べてみてください)、その場に集う子どもたちや係わる大人が実にそのまんまであり、渾沌とした安心感がとても素敵でした。西野さんの全く飾らない人柄と頂いた資料や新聞へのエッセイを読み返し、こんな人たちやこんな場所がちゃんとあるんだと、嬉しいような悔しいような複雑な思いが込み上げました。私たちも子どもたちの問題(非行・不登校・発達障がい諸々)と向き合う仕事をしておりますが、立場によりアプローチの方法は違うと理解しながらも〈えん〉の活動を見て、子どもに係わる為の本質を見失っていないか、枠組みの中で先生と呼ばれていることに胡座をかいてないかと我が身を考えました。

私たちは子ども達に多くを求めながら生活をしています。もちろん、周囲や大人たちの体裁を保つ為ではなく、子どもたち自身が生きる知恵を頭にも手にもつけてもらいたいと願うからです。そして、子どもたちのがんばりと同時に私たちも自らを振り返る必要があるのかもしれません。昨今はコミュニケーションをはじめ生きづらさの問題等の原因が少しずつ明らかになってくる中で、大人たちにも発達障がいや精神的な課題を有する人たちが少なからずいると言われています。星野仁彦氏の「発達障害に気づかない大人たち(職場編)」の中では、〈実は、教師、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、介護士…など対人援助職と呼ばれる職業には機能不全家族に育ち、トラウマを抱えた人(AC=アダルトチルドレン)が少なからずいます。(中略)その背景にはしばしば発達障害が隠れていることがあります。(中略)自尊感情が満たされる。だから、看護師などの対人援助職にはACの発達障害の人が少なくないのです。〉ともあります。あくまでもこれは極端な話と捉えられるかもしれませんが、私たちは簡単に先生・援助者という立場で仕事をすることで、自らを万全であると錯覚してはいけませんし、常に己を知ることを怠ってはいけません。その上で、子ども達ときちんと向き合い、ぶつかり合い、先生と呼ばれるに相応しい自分である様努めなければいけないのかもしれません。

今回の出張では、私自身多くの事を考え直す機会を与えられた気がいたします。そして、人と係わる仕事の根本には、大人であれ子どもであれ尊重しあう心根が大切であり、そうあれるよう努力したいと思います。