ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2019年05月号

「令和改元・十連休」

校長 仁原正幹

 今月から元号が令和に変わりました。校祖留岡幸助が始めた家庭学校の感化教育の営みも、明治・大正・昭和・平成・令和と、五つの時代を重ねています。

 改元の影響もあって、今年のゴールデンウィークは空前絶後の十連休となりました。世の中は改元と大型連休で沸き立ち、老若男女こぞってお祝いと骨休めモードですが、家庭学校はそうはいきません。門外不出(敷地内から出てはいけないという意味で)、かつ年中無休の児童自立支援施設にとっては、世間の十連休は実に「難有り」の展開なのです。

 頼みの望の岡分校の授業も長期休業となり、十日連続して寮中心の生活です。「小人閑居して不善をなす」を地で行く発展途上の子ども達のことですから、暇を持て余して、寮の狭い空間の中で些細なことから争いごとが生じかねないのです。十連休を乗り切るために家庭学校全体でいろいろと工夫を凝らしました。子ども達の成長に結びつくような楽しく有意義な時間を共有しようと、十日間殆ど切れ目なく行事を組み入れたのでした。

 まず、ゴールデンウィーク恒例の校長杯です。一日目は午前フットサル、豚汁の昼食を挟んで午後はミニバレーで盛り上がりました。肌寒いどんよりとした天気でしたが、体育館の中だったので快適にプレーができました。二日目は一転して暖かな陽射しに恵まれ、屋外の広いグランドでのびのびと過ごし、午前はソフトボール、午後はサッカーを楽しみました。ただ、風が強くて炭火起こしが危ぶまれたので、校長杯定番の屋外ジンギスカンは各寮の食堂に分かれての屋内バージョンに急遽変更となりました。校長杯には望の岡分校からも神谷教頭先生はじめ三人の先生方にも参加していただき、子ども達も大いに盛り上がりました。

 他の行事としては、酪農担当の蒦本(わくもと)主幹指導による乳製品製造体験、合気道の吉野先生のご好意による手作り本格中華料理の試食会、さらには映画鑑賞会もありました。外出行事としては、パークゴルフと滝見物と温泉入浴、能取湖での潮干狩りにも出掛けました。校祖月命日の平和山登山では、校祖の記念碑前で神妙に黙想する姿が見られ、百キロ超級の新入生も遅ればせながら登頂でき、皆それぞれの成長を感じることができました。

 最後に一つご報告です。去年の五月十二日に七十余人の皆さんに手伝っていただいて植林した二百四十本の桜の苗木ですが、昨日四本が花をつけているのを発見しました。まだまだ細く小さな木々ですが、国沢林復活です。五月一日号の遅れ、令和改元に免じてご容赦願います。

2019年05月号

アフターケア

楽山寮寮長 千葉正義

 楽山寮を担当させていただき、丸4年が経ちます。これまで14名の児童が新たな生活に向けて寮を巣立っていきました。今年の3月にも1名の児童が退所し、先日、保護者に電話で確認をすると、寮付きの高等養護学校に通いながら週末に自宅に帰省するという生活を概ね順調に、楽しそうに送っているとのことでした。

 私が思うには、このケースのように家庭復帰という形が理想的であり、良くも悪くも家族との関わりが今後の本人にとって大きな影響を与えると思われます。困ったときに支えになってくれたりするのも身近にいる家族ですし、一緒にいるだけで安心できるのも家族だと思われ、家族との関わりの中で、色々なことを学んでいくと思われます。ただ、中には家族との関係性が良くなく、家庭学校を退所しても別な施設に措置変更となってしまうこともあり、これまでの退所生のことを思い返すと、やはりそういったケースの方が予後が気になります。

今回4月のある日、去年楽山寮を退所し、今は地域小規模児童養護施設から高等学校に通う児童に会いに行ってきました。その子は中学3年生の秋に家庭学校に入所し、約1年半在籍しました。入所当初は、日課に対してあまり積極的ではなく、低迷した生活が続いていましたが、ここでの生活に慣れると徐々に笑顔も増え、何より家庭学校での生活を楽しそうに送ってくれた子でした。入所前の問題行動により、家族はこの子のことを受け入れず、入所中、帰省は一度もなく、面会や電話連絡も数えるほどしかなかった子です。ぶっきらぼうで感情をあまり表に出すことはなかったですが、本当は優しい心を持っており、生活している様子からは入所のきっかけとなった自分の行いを後悔している様子が見て取れました。過年度受験だったため、当時の中3生の中で1人だけ中卒生として残ることになっても文句ひとつ言わず、きちんと日課に乗って生活していました。しかし、進学に向けて退所する際も、家庭に戻ることは叶わず、養護施設に措置変更になった子です。家庭学校の他の職員や、分校教諭が何度かこの子に会いに行ってくれたことがあり、元気でやっていることは聞いていました。私も寮母も気になってはいたのですが、なかなか時間が取れず、そして思うところもあり会いに行くことが出来なかったのですが、今回2人で会いに行ってみることにしました。

まず、本人に会う前に施設の園長先生にお会いし、本人の状況を聞かせていただきました。成績はあまり良くはないが順調に学校に通っていることやアルバイトを辞めてしまったこと、どうやら彼女が出来たらしいこと、相変わらず感情を表に出すのは苦手なこと、ただ、それを指摘すると本人なりにちょっと意識しているようなところもあり、今現在も自らの課題と向き合いながら生活しているようでした。その際、施設の見学をさせていただいたり、園長先生に自らの体験談を聞かせていただいたり、寮母ともども改めて今自分たちが担っている仕事の重要さを考えさせられ、自分を見つめ直すきっかけとなりました。

その後、いよいよ本人と対面したのですが、そこには少しだけ大人になった彼がいました。これまで何度か電話で話したことはあったのですが、いざ目の前にして話をするとお互いにやや緊張した様子が伝わってきます。予定より遅れて到着したのですが、本人は昼食を食べずに待っていてくれたようで、職員の方が私たちの分も用意してくれており、約1年ぶりに一緒に食事をすることが出来ました。自室は綺麗に整頓されており、園長先生から聞いた話や、彼が家庭学校にいた頃から大好きだったクルマの話など色々な話をしました。そして、時間をいただいて彼を連れ出し、町まで行ってブラブラしたり、カフェで休憩しながら話をしたりと、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。一緒に過ごす時間が長くなってくるにつれ、お互い慣れてきたようで少しずつ会話もフランクなものになり、笑顔も多く見られるようになってきました。ニコニコしているので悪い気はしていないのはわかるのですが、やはりそれ以上の感情はあまり表に出さないのは、家庭学校在籍中とあまり変わらない彼でした。楽しいひと時はあっという間に過ぎ、別れの時間が来たときは正直少し寂しかったです。

寮を担当していて思うことは、果たして実際に生活した彼らにとってここでの生活はどうだったのだろうということです。家庭学校は施設の性格上、自由な時間が限りなく少ないです。また、1人で外に出たりすることも認められていません。そのような生活が基本で、さらに、一緒に生活をしていると、当然ですが注意や指導をしなければならない場面があり、時には厳しいことを言ったりもします。どうやら私は言葉を上手く使うことが苦手なようで、以前入所していた児童に、「先生は言い方が『どストレートすぎる』」と言われたことがあり、自分自身気をつけているつもりではあるものの気付かぬうちに、彼らの心にグサリと突き刺さるようなことも言ってしまっているのかもしれません。それを考えると、退所して新たな生活を送っている彼らにとって、私が連絡したりすることはどうなんだろうと、ふと思うことがあります。そのことを考えると、退所生のことは気になってしようがないのですが、安易に会いに行こうと思えない部分もありました。ただ、今回彼と会うと、彼は色々な話をしてくれました。非常に良い表情をしていたのが印象的で、今、安心して生活しているのだろうということが窺え、私自身も安心しました。今では、やはり彼と会うことが出来て良かったと思いますし、退所生が頑張っている姿を見て、私の励みにもなりました。今後も頑張っていってほしいと願っています。

今回のことについてはプライバシーの関係上、施設や本人の名前を出すことが出来ませんが、園長先生はじめ職員の皆さま、この度は私たちの訪問を温かく迎えてくださり本当にありがとうございました。再び彼と会い、彼を激励する機会を与えてくださったことに心より感謝申し上げますとともに、今後ともどうか彼のことをよろしくお願いいたします。

2019年05月号

分校の小学部について

教諭 吉田康祐

 分校に赴任してから3年目となりました。3年前までは常に30人以上の子ども達を相手にしていたので、戸惑いもありましたが今は少人数のクラスにも慣れてきました。

 少人数のクラスでメリットを感じたのは、学習・生活の両面において様子を詳しく見取ることができることです。漢字や平仮名の書き順、天候に応じた服装をしているかなど、自然と目に入ってきます。

 また、授業においても、その子の学習状況に応じて課題を提示したり、わからない問題に直面したときに、時間をかけてサポートしたりすることもできます。このように必然的に大人数よりも個に応じた指導ができるのも利点の一つだと思います。

 しかし、デメリットもあります。人数が少ない、時には1人学級になる場合もあります。現在、教育現場においてはアクティブラーニング(主体的・対話的な深い学び)を踏まえた学習が必要であるとされています。これは、仲間との関わりを通して新たな発見に気づく経験が必須です。当然一人だと同じ教室に仲間がいないので対話をする相手が大人(教員)しかいません。それでも中学生となるべく関わる機会を多くするために体育などは合同で行うよう努力はしていますが、年齢が違うので同学年との関わり方を学ぶことができません。

そのような中、昨年度のH君は後半に新入生が来てからは生き生きと学習に取り組み、仲間と有意義な関わりをすることもできました。今年度も今のうちに学習・生活両面において基礎基本を身につけることができるように支援し、仲間がいることをイメージできるような授業を構築できるよう工夫を重ね、実際に新入生が来た時に、より成長できるようにしていきたいと考えています。

2019年05月号

<児童の声>

石上館 中三K・掬泉寮 中二K

「オリンピックのオブジェ作りを通して 気づいたこと」

石上館 中三 K

 今回、僕はオリンピックのオブジェ作りというとても貴重な体験をさせていただき、気づいたことがあります。とても初歩的なものなのですが、「オリンピックは選手など直接関わる人以外もみんなが一つになって成功させるということがとても大事」っていうこと。ミュージアムに展示するオブジェだってそれぞれの学校が協力し合って作り上げなきゃ実現しないわけだし、デザイナーさんたちがわざわざこっちに来てくれないと成り立ちません。そんな中オリンピックは成立してるんだなーと僕は思いました。

 話が変わって僕がおぐっちやデザイナーさんたちの話を聞いて感じたことを書きます。最初におぐっちの話を聞いて思ったことが、なにか人生を変えるようなきっかけって、ちょっとしたことなんだなーと思いました。おぐっちはゲームをやる代わりというすごく単純な理由でリュージュをはじめたとおっしゃっていました。でもその後にはオリンピック出場という大きな功績を残しました。それってすごいことだなーと思って感激しました。何気なくはじめたことでも本気でやりとげるその精神が僕はすばらしいと思いました。僕もなにごとにでも本気になれる人になりたいです。

 次にデザイナーの方々のお話を聞いて思ったことです。来てくださった先生方の中に会長さんがいました。その方の話はとても僕達からすればきびしいことだけど逆にそれがプロなんだな、と尊けいしました。他にも僕たちの班を手伝ってくださったデザイナーさんの話を聞いて僕はすごく刺激されることが多かったです。

 そんな貴重な体験をさせてもらって僕は「この方々みたいに世の役に立ちたい!」と思いました。これは自分にとって大きな成長でした。このことを忘れず毎日にはげみたいと思います。

※編集者から

 文中の「おぐっち」こと小口貴久さんは、ソルトレークシティ、トリノ、バンクーバーと3度のオリンピック出場を果たすなど、日本のリュージュ競技の第一人者として世界を舞台に活躍された方です。今回、家庭学校で開催された「五輪オブジェ製作ワークショップ」にJOCのアシスタントディレクターとして来道され、子ども達にオリンピックの歴史や意義などについてお話ししていただきました。 


 「理事長になって」

掬泉寮 中二 K

 僕は、今年度一学期に、ひとむれの理事長になりました。けれど、不安もあります。

 まず、僕は、選挙で当選し、理事長になりました。ここに、第一の不安があります。それは、皆の信頼にあたいする活やく、仕事ができるかという不安です。

 第二の不安は、一学期が終わるまで、解任されずに過ごせるかと言うことです。今まで、解任される人や、保留にされる人を見たことがあるので、よけい、不安が大きいです。

 実際に理事長の仕事をした時は、上手に話し合いを進められず、とても静かな時間が半分位ありました。こういうところに第三の不安があります。僕は、こういった場面で固く、静かになるけいこうが見られます。こういうことをこくふくするという目的を一部かかえながら、理事長になりました。

 三つも不安があり、自分は、理事長としてやっていけないんじゃないかと、マイナス思考になったりします。けれども、一度、理事長になったからには、下がるわけにはいきません。理事長として皆をリードできるよう、一生懸命頑張ります。