ひとむれ

  このコーナーでは、家庭学校の月毎の機関誌である『ひとむれ』から一部を抜粋して掲載しています(毎月上旬頃更新予定です)。   職員が、家庭学校を通じて感じたことや伝えたいことを表しています。是非、ご感想をお聞かせください。

※都合により『ひとむれ』本誌と内容が異なる場合がございます。ご了承下さい。
2018年07月号

「児童自立支援施設について」

校長 仁原正幹

 北海道家庭学校には大勢のお客様が来られます。歴史研究や観光を目的とする方、野の花や野鳥の観察など里山を楽しむ方、山菜採りやキノコ採りといった実益を求める方もおられますし、ドングリ拾いの幼稚園児や遠足の小学生、社会見学の高校生などもいて、多種多様です。

 ただし、何と言ってもお客様の中心は児童の自立支援と感化教育の第一線の現場を体験したい、勉強したいということで「視察・見学・実習・研修」に来られる方々で、児童福祉や少年司法の業界関係の皆さん、さらには大学や専門学校等の研究者、教員、学生の皆さんなどです。そうした業界関係者や専門家(あるいはその卵)の方々には、私自身が広い校内をご案内しながら説明や講義をさせていただくことが多くなります。また、要請を受けて出掛けて行って講義や講演の形でお話しする機会も増えてきており、家庭学校の校長の仕事はさしずめ接客業かなと思うことがよくあります。

 そうした際に私がよくお話しすることの中に、児童福祉の考え方や児童自立支援施設としての北海道家庭学校の特性、役割、活動内容などがあり、基本的なことも含めなるべく具体的に詳しくお伝えするように心掛けています。今号では私が繰り返しお話ししていることの中からいくつかご紹介することにします。

 まずは、児童自立支援施設の特性です。この施設種別には一九〇〇年の感化法の制定以来の百十八年もの長い歴史があります。感化院、少年教護院、教護院と変遷し、この二十年ほどは児童自立支援施設と呼ばれています。長い歴史の割りには一般の方に施設の特性があまり知られていないように思われます。入所児童の匿名性や個人情報の保護に腐心するあまり児童自立支援施設側からの情報発信が十分に行われてこなかったことが影響しているのかもしれません。何となくよくわからない暗いイメージの施設と思われる方が多いのではないでしょうか。

 一般の方どころか、入退所の措置を司る児童相談所でさえも児童自立支援施設の本質を十分に理解されていないように感じられることがあります。「愛着形成や育ち直しのために良い環境ならパーマネンシーの保障の観点からもなるべく長く置いてもらいたい」、反対に「高校進学までの間半年だけ預かってほしい」、「親が引き取りを求め本人も出たがっているので早期に退所させたい」等々の的外れな要求に閉口することもあります。児童との間で勝手に退所予定の話をすることなどは言語道断です。単純養護ケースとは違うのですから。自己決定が揺らいだ子どもと同意撤回に傾きかけた保護者に対して児童自立支援施設と連携して粘り強く説得を続けることこそが児童相談所の最も重要な仕事であることをゆめ忘れないでいただきたいものです。

 地域や学校や施設からも困った要望を突きつけられることがあります。「あの子の影響でまたウチの学校が(施設が)荒れてしまうので、卒業まで戻さないでほしい」、「もっとしっかり矯正教育をしてもらわないと困る」、「無断外出事故が起きないよう厳重に管理すべきだ」等々です。「進学のために作業よりもっと受験勉強をさせるべきだ」という声も、最近では稀に保護者や学校の先生の一部から聞かれるようになりました。

 児童自立支援施設は児童福祉法に基づく児童福祉施設の一類型で、児童養護施設や里親、児童心理治療施設などと同様に「社会的養護が必要な児童」を対象としています。入所に際しては児童の人権に配慮し、必ず本人の自己決定と保護者の同意が必要であることも同様です。

 では、児童自立支援施設は児童養護施設や里親などとはどこが違い、どのような子どもが対象となるのでしょう。端的に言えば、児童養護施設や里親宅は「生活の場」であり、児童自立支援施設は「指導・訓練の場」という違いがあります。

 前者の場合、子どもは施設や里親宅が所在する地域の学校に通い、地域社会の中で成長していきます。プライバシーも尊重され、お金や通信手段、個別の活動などの自由も年齢相応に保障されます。当然のことながら、地域の学校に安定して通学でき、暴力や窃盗や深夜徘徊などの大きな問題を引き起こさないことが前提条件となります。パーマネンシーの保障の観点からは、同一施設への在籍期間は長いほど良いと考えられています。

 児童自立支援施設の場合は、子どもの生活空間は施設の敷地内に限定されます。地域の学校に順調に通学できそうもなく、地域での暮らしへの不安が払拭できない児童が対象となるからです。お金やケータイも持てず、通信も制限されます。常に全体の日課に合わせた集団行動が求められ、プライバシーも相当程度制約を受けます。

 寮舎や給食棟での豊かな食生活や施設内分校の教室での懇切丁寧でわかりやすい学習指導の恩恵を受け、生活指導や作業指導により規則正しく勤勉な生活態度が身につき、愛着関係が有効に形成される「小舎夫婦制」の寮での暮らしならば、入所期間は長い方が良いのではと早合点される方もたまにおられますが、前述したとおり行動の自由やプライバシーが大幅に制限される厳しい環境での暮らしはせいぜい二年半が限界と思われます。四六時中大人から護られ過ぎる環境では子どもの自律心も十分に育ちません。北海道家庭学校においても、他の全国の児童自立支援施設においても、平均在籍期間は一年半というところです。短すぎてもいけません。続きは次号に記載します。

2018年07月号

運動会を終えて

楽山寮寮長 千葉正義

 6月17日、北海道家庭学校・望の岡分校大運動会が行われました。6月にしては少し風が冷たく感じる一日でしたが、無事開催できたことを大変嬉しく思っています。運動会は「北海道家庭学校」と「望の岡分校」との共催の行事となっております。今年度の運動会について、施設職員の立場から雑感を述べさせていただきたいと思います。

 一般的な運動会というと、競技の練習がメインになると思われますが、学びの場であるのと同時に生活の場でもある家庭学校では、競技の練習だけでなく環境整備にも力を入れており、毎年、運動会の開催に合わせて校内の環境整備をスタートさせます。今年度も作業班学習の中で、草刈りや草集め、倒木の処理や花壇を綺麗な花で飾るなど本番に向けての準備に取り組みました。また、それに合わせて寮の畑の管理や清掃等通常の作業もしなければなりません。この作業こそが家庭学校の特色であり、運動会という行事も作業の一つと考えるところが一般の学校の運動会との大きな違いであるといえます。

近年は児童の数も少ないため、運動会当日までの約二週間は、授業や競技の練習に作業と子どもたちは忙しく動き続けます。過去には「子どもも疲れているのにそこまでやらなくても」という声もありました。しかし、運動会の場が、子どもたちが活躍する姿を見せるチャンスでもあるということを考えたとき、本番に向けての準備期間は多少無理をしてでもやらなければならないと考えます。当日、子どもたちが必死になり頑張るのは、皆さまの温かい声援に加え、日頃のこういった取り組みも大いに関係していると思えるのです。それを象徴するかのように、当日の昼食時、あるご家族の団らんの場で、子どもは綺麗に草が刈られたグラウンドの土手を指差し、自分がここの草を刈ったということを誇らしげに話す場面が見られました。このように、頑張り抜いた子どもの表情は本当に良いものですし、今後の生活に大きな影響を与えてくれるものと思っています。因みに、運動会の翌日は、子ども達の健闘を労い作業は最低限とし、のんびりと過ごしてもらいます。

さて、次は競技についてですが、今年度も例年と同じく、各競技の担当や係分担に施設職員、分校職員をそれぞれ配置し、具体的にどのような形で競技を行うか、練習はどのようにするかなどを話し合いながら進めてもらいました。打ち合わせの際、互いの空き時間を確保するのが大変な様子でしたが、練習から順調に進んでいたように見えました。

さらに、児童を紅白各組に分けた際、職員も、施設、学校、それぞれが主担当を決め、その職員が中心となり各組で練習を進めていくといったようにチームの団結力を高めるような工夫もしたつもりです。本番前最後の一週間は天候に恵まれず、外での練習がほとんど出来ませんでしたが、各組体育館で出来る練習を一生懸命に取り組む姿が見られました。

「おやつの時間だよ~」は、家庭学校にちなんだ〇✕クイズに答えたり、指定された分のジュースを飲み、カードに書かれている職員のところへ行き、おやつを貰ってゴールするという競技で、分校の戸松先生と三寮長で子どもに喜んで貰える内容を考えました。当日まで頑張ってきた子どもたちにご褒美の意味も込めたもので、紅白の得点には含まれておりません。家庭学校で生活する子どもたちの楽しそうな様子が皆さまに伝わっていれば幸いです。

メイン競技の全校ダンスは担当者が事前に集まり、踊りを覚えることで子供たちに柔軟に教えられるようにしました。お忙しい中、分校の永田先生、吉田先生をはじめ、たくさんの職員に参加していただき、学校と施設が一体となってダンスを教えることが出来たと思います。本番は例年どおりカラーTシャツを着て踊ることを考えていたのですが、総練習で実際に踊る子どもたちを見た分校の高山先生の提案で、Tシャツにマークを入れることにしました。紅白応援旗のシンボルともなった不死鳥と狼の絵がプリントされた色とりどりのTシャツは素晴らしいデザインで、子どもたちの息の合ったダンスに花を添えてくれました。

家庭学校に入所してくる子どもたちは、これまでの社会経験の乏しさや発達障がいも相まってか、物事に集中して取り組むことが苦手であったり、頑張れば出来るにもかかわらず、そのほんのわずかの頑張りを出せない子が多いです。また、人間関係を築くことが苦手で、大人に対して心を開くことがなかなか出来ないという子も少なくありません。そんな中、運動会を迎えるにあたり、どのように子どもと関わるか、どういう形で指導をしていけば良いのかを考えたとき、私たち大人が出来ることといえば、一緒になって頑張る姿を見せることだと思いました。教育の場である学校と生活の場である施設、それぞれの思いがあろうかと思いますが、第一に子どものためであるということを忘れてはいけません。

今年は、例年にも増して分校と施設の協力体制が出来ており、職員が相互に手を取り合いながら指導する場面が数多く見られました。職員同士が連携した姿や共に運動会を楽しみ盛り上げていくといった様子を見せられたことが、ここにいる子どもたちにとって大変意味あるものとなったと感じています。練習中は天候不順による急な予定の変更や、何より私自身の準備不足もあって、分校職員の皆さまには大変ご迷惑をおかけしましたが、分校主担当の永田先生はじめ皆さまの理解と協力により、無事本番を迎え、素晴らしい形で運動会を終えることが出来ました。今後もこのような形で職員が手を取り合いながら進めていければ子どもたちの成長に大いに役立つのではないかと思っております。

最後になりますが、見学にいらしてくださいました地域の方々やご来賓の皆さま、関係機関の皆さま、そして保護者の皆さま、最後まで温かいご声援をありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。

2018年07月号

二年目を迎えて

児童生活支援員 藤久静恵

 家庭学校では、昨年度から本年度にかけて職員が増え、働き方も見直されてきました。それにより、私自身の業務内容も大きく変わりました。

その一つが輪休寮の対応です。輪休では、寮長・寮母が休日となり、生徒は二泊三日分の荷物を抱えて輪休寮へと移動し、本館職員がその対応にあたります。

輪休では「柏葉寮」を利用していますが、築年数も古くしばらく使用していなかったため、快適に過ごすにはほど遠い状態でした。輪休担当の職員で古くなったソファーを処分したり、生徒と掃除や本の整頓、カーテンの洗濯をしたりして、少しずつ過ごし易くなってきています。

 輪休中は特別なことは何もしません。誕生日を祝ったり、買い物や温泉などの外出は寮長・寮母のもとで行うことが良いと思います。娯楽はせいぜい体育館で遊んだり、DVDを鑑賞したりという程度です。

 その中で私が心がけていることは、暮らしているように過ごすことです。以前、寮まわりをさせていただいたのですが、寮長は食堂で子どもたちと一緒にテレビを観たり、何気なく過ごしているようで、しっかり見守りをしています。「監視されているようでは、子どもも息が詰まるだろう」とのお話に納得しました。

 もう一つ大切にしているのは、食卓を共にすることです。食事は、岩井調理員さんが作って下さったものを生徒と共に食べています。食事中、子どもはいろいろな話をします。その中で個々の育ってきた環境や考え方のクセやコミュニケーションの取り方など、今まで育ってきた背景が垣間見えます。子どもの中には、家庭学校に来る前には、カップ麺やコンビニ、外食で、ひとりで食事を済ませていた子も多くいます。

 食卓には小さなルールがあります。例えば、おかわりをするときは「他におかわりする人」と問いかけて、量を考えてよそうようにします。お醤油を「廻してくれますか?」と訊いて、取ってもらったら「ありがとう」と言います。そんな、個食をしているときには無かった当たり前のやりとりができることが、生活全般に繋がっていくと考えます。

 また、輪休のときに「場所と人」が変わることにより、子どもたちの気が緩むところがあります。子どもたちは、寮で、分校で、輪休で、それぞれ見せる顔は違っています。私は、「問題が無いこと」が良いとは思いません。問題に気づくことが大切だと思います。輪休寮で問題が発覚することが多いのですが、それをちゃんと伝えて職員間で共有できるように心がけたいです。

 私たちは、問題が発生したとき、原因を個人に求めがちですが、社会福祉を学ぶなかで、「問題が生じるのは、システムのエラーだと考え、環境の調整をしていくことが必要」と理解しました。子どもも含め、私たちは皆どこかが足りない人の集まりです。個人の努力で足りないところを無くしていくことも大切ですが、足りないところを補い合って暮らしていく術を身につけて欲しいと思います。そのために、家庭学校であらゆるコミュニケーションを学んでいるのです。

 輪休から次の輪休までの間、子どもの成長を感じます。「刈払い機が使えるようになった」「週番をまかされた」など寮で認められたことを嬉しそうに話してくれます。

「輪休寮でもしっかりできました」と寮長先生、寮母先生のもとに返してあげられることを願っています。

2018年07月号

置かれた場所で咲きなさい

望の岡分校教頭 神谷博之

 運動会が終了しました。運動会前の一週間は雨続きでどうなる事かと心配しましたが、前日の朝には雨がやんで午後には晴れ、当日の朝も晴れるという奇跡的な天候でした。子どもたちのがんばりを、お天道様はちゃんと見ていてくれたんだなと感じます。

 分校の運動会は施設と共催です。施設にとっては保護者や関係機関、支援者の皆様に子どもたちの成長した姿を見ていただくとても大切な行事です。一般の学校との違いは、全道各地から保護者や関係機関の皆様に来ていただくため、雨天であってもその日に決行することがあげられます。また、保護者の負担軽減や授業時数確保などの観点から午前中開催の学校が出てきているようですが、ここでは保護者と子どもがお昼のお弁当を一緒に食べることも大切な教育活動ですので、午前で終了ということはありません。

 さて、この便りの冒頭で「子どもたちのがんばりを、お天道様はちゃんと見ていてくれたんだな」と書きました。毎年思うことですが、分校の子どもたちは本当によくがんばります。普通の学校の子どもたちと同じように、いや、普通の学校の子どもたち以上にがんばっているなあと感じます。運動会でのがんばりは、当日ご覧いただいた通りですので、それ以外のところを紹介します。

 何と言っても、まずあげられるのは環境整備です。施設の入り口である正門周辺の草刈から始まって、グラウンドまで続く道路の両側の草刈、そしてグラウンド土手の草刈まで、全員で作業をします。たくさんのお客様をお迎えするため、広い敷地内の草刈を自分たちで行うのです。本当にすごいことです。

 そして、前日の準備。保護者席や本部席のテント張り、長机やパイプイスの運搬、ポスター展のパネルの準備などなど。今年は天候が怪しかったため、屋内実施も想定して体育館内の設営も子どもたちが活躍しました。当日も、朝にはテントを立て、長机やパイプイスを並べます。運動会後には会場のすべての片付けをします。中卒生を含めても13名という少ない人数で、これほどのことやり遂げるのですから、頭が下がります。

 応援旗も、子どもたちが作成したものです。チーム毎にスローガンを話し合い、応援旗の担当になった子がデザインを考えて作成しています。今年はシルクスクリーン(紅組の不死鳥、白組の狼)に挑戦しました。かっこいい出来栄えに、子どもたちは感動していましたし、私も感動しました。

 当日、グラウンドに掲示していた大きなポスターも、子どもたちが作成したものです。寮毎にポスター担当者が中心となり、協力して作成します。ですから、来場者の投票によるポスター展で優勝すると、喜びもひとしおです。

 運動会に至るまでの二週間の練習も、よくがんばっていました。入場行進の練習は、競技の様には面白くないので、一般的には人気のない練習です。分校の子どもたちにとっても同じだと思いますが、みんな真剣に取り組んでいました。人数が少ないので一人一人が目立ちます。間隔の取り方や姿勢、視線など、すごいなぁ、上手だなぁと何度も感じました。ダンスの練習もすごい。私も練習してみましたが、全くダメダメでした。次の動きを練習すると前の動きを忘れてしまいますし、原曲のアップテンポのスピードにはついていけませんでした。でも、子どもたちは吸収が早い。水がスポンジにしみこんでいくようにどんどん覚えちゃいますし、曲のスピードにもついていけるのです。自信をもって楽しく取り組めたのでしょう。終始笑顔でダンス練習に取り組む姿は微笑ましくもありました。各競技の練習では、リーダーを中心に作戦を練ったり、声を掛け合いながら練習したりする場面をたくさん見ることができました。

 何だか最初から最後までずっと「がんばった」「がんばった」と褒め言葉ばかり書いていると、読んでいる皆さんには嘘っぽく伝わってしまうのではないかと心配です。でも、本当なのです。子どもたちは自分を認めてほしいのです。認められたいのです。

 分校の子どもたちは程度の差はあれ、みんな周囲とのかかわりに課題をもっています。そんな子どもたちが、運動会当日を含めたこの練習期間中、仲間と上手にかかわっていたのです。話合いをしても我を通すことなく、誰かが失敗しても責めることなく、作戦が思った通りにうまく進まなくてもイライラせず、負けても人のせいにすることなく、一人一人が輝いていました。一人一人が主役でした。子どもたちはこの施設という場所で根を張り、葉を広げ、つぼみを膨らませ、運動会当日、見事に花を開かせたのです。ご来場いただいた皆様には、その花がしっかりと目に焼きついたことと思います。子どもたちのことを認めていただけたものと思っています。人に認められ、自分に自信をもち、人を認める…この場所で咲く…その経験が、子どもたちのこの先の人生に生きてくるのです。

(望の岡分校だより『のぞみの』No.28

 平成30年6月29日号から転載させてい ただきました)

2018年07月号

教室と国語と私

望の岡分校教諭 土井淳禎

昨年度異動してきまして、あっという間に一年が経ちました。昨年度は三年部として、子どもの将来に大きく関わる大事な場面にも関わることができました。今年度は一年部に配置され、中学校生活の第一歩を歩む子どもに関わる機会をいただき、また頑張らねばという気持ちです。

そんな一年生学級の一日を簡単にご紹介したいと思います。

・八時二十五分 朝読書

副担任の先生と、静かに読書を楽しむ。

・八時四十分 朝の会

日直のK君の号令で元気に挨拶し、学 級委員長のK君の立てた一日の目標を 確認する。

(以降、授業)

・十一時五十分 清掃

教室と廊下を、K君・担任・支援員さ んの三人で手短に清掃する。

・十一時五十五分 帰りの会

一日の目標を達成できたかどうか確認 し、終わりの挨拶をする。

・正午 一旦下校

学習部長と生活部長の仕事として、K 君が教室の環境を整え、給食棟へ向か う。

(以降、給食・作業等)

…お気づきの通り、K君の名前しかでてこないという超少人数学級です。一人でたくさんの役割を兼任することとなり、大変な面も多々あると思うのですが、一生懸命やってくれています。

四月当初から、彼は「早く人数が増えて、級友ができるといいな」ということを言っていましたが、世の中それほど思い通りにはいかないものです。担任としても「もう少し人数が増えると、学べることも多いのになぁ」と思う時もありますが、今は一人でもできることから指導をしております。

 さて、中学校教員は当然のことながらそれぞれ専門教科を持っています。私の場合は国語ということになるのですが、この国語という教科に対して思うところがあります。

 他の学校で授業を持っていたときもそうなのですが、国語は家庭学習(この学校では寮での自習)で勉強されることが少ない教科の一つです。「文法だの漢字だの古典だの、生きていくうえでさほど重要だとは感じられない」、あるいは「国語は日本語の文章だから勉強しなくても日本人としての感覚で何とか答えられる」と思われがちなようです。確かにそのような見方もあるのかもしれません。

 ただ、他教科も含め世の中のほとんどのテスト・試験は日本語で出題されます。書かれている文章の意味・意図が分からなければ答えに辿り着くことは難しいと考えます。実際、先日行われたテストにおいて、「問題文を最後まできちんと読んで答えた」という生徒は殆どいませんでした。「読んでも分からないから読まない」→「読まないから分からない」という悪循環を断ち切るためには、どこかで覚悟を決めて、読む力をつける特訓をしなければならないのではないかと考えています。(勿論生徒だけの問題ではなく、授業者側も考えるべき問題だと痛感しているところですが…。)

また、日本の歴史的知識を身につけるうえで古典は重要な役割を持っていますし、漢字も知れば知るほど奥の深い世界を持っています。自国の文化を大切にしない者が他国の文化を尊重できるとは思えません。国際的な人材が求められる今の時代にこそ、まずは国語をじっくり勉強してほしいなぁと思う今日この頃です。

とはいえ、「国語の力ってどうすれば上がるのか分からない」という話もよく聞きます。理数系の勉強のように「〇〇の公式さえ覚えてしまえば大抵の問題に対応できる」というものは少ない教科だと思います。当たり前です。だからこそ、小学一年生の国語から 物語・説明文・詩歌 といった様々なジャンルの文章を何度も何度も学習しているのです。近道はありません。様々な学習の場において、書いてある内容を的確に捉えることや、根拠を明確にして自分の考えを他者に伝えることを通し、徐々に力をつけていくしかないのです。当然その前提として、漢字が読める・書ける、様々な言葉や表現の意味が分かる・使える…といった力も求められていくわけですが。

こう考えていくと、家庭学校・分校で現在行われている朝読書や移動図書館の活用、漢字検定に向けた取組、各種行事や朗読会の作文及び発表、毎日の日記や何気ない会話なども重要な学習の機会なのではないかと思います。子ども側に頑張りを促すのは勿論のこと、我々大人側も、彼らが筋道立てて思考し表現するまで辛抱強く待つ心、表現した結果生まれてきた文章や発言を誠実に評価する目、更なる向上を促す言葉かけができるような唇を持たなくてはいけないのだと考えます。……などと書いておくと、国語科の責任が少し周りに分散するのではないかと思い、徒然なるままに駄文を並べてしまいました。失礼いたしました。

2018年07月号

<児童の声>

石上館 高二 K・掬泉寮 中三 K・楽山寮 中三 R

  「運動会を振り返って」

石上館 高二 K 

 私は、白組のリーダーとして、最後までまとめられたと思います。理由は二つあります。

 一つ目は、一人一人の頑張りだと思っています。練習では、一人一人のいけんを取り入れてきました。その中で良い方を選んできては、失敗することもありました。練習から一生懸命取りくめたところです。ダンスもそうでした。最初は、よくわからなくて、だんだんと覚えてくると、周りと合わせてやると、一つものになるので頑張りたいと言う気持ちがありました。僕がいない時もあって、わからないところを丁寧に教えてくれたということも頑張ってほしいという気持ちだと私は思っています。

 二つ目は、周りの先生方のサポートのおかげだと思います。運動会に関係する先生方が中心となって色々な準備をしてくださったからだと思います。テントをはこんでくださったり、グラウンドのせいび、すごくありがたかったです。朝は、早く起きてくださりお弁とうを作ってくださる寮母先生方、大変だったと思います。色々な面でサポートしていただいたおかげですばらしい大運動会になったと思います。本当にありがとうございました。

 白組も赤組も最後の最後まで頑張り良い経験になったと思います。運動会で学んだことをこれから寮の生活や作業で表していきたいと思います。


  「運動会」

掬泉寮 中三 K

 六月十七日、運動会がありました。二週間前から練習が始まりましたが、そのときはまだ、正直あまり楽しめていませんでした。「人前に出るのが恥ずかしい」「目立ちたくない」など。でも最初のうちだけでした。特にダンスはそうでした。恥ずかしいと思っていましたが、と中からは、ダンスのふりつけもできるようになって、楽しくて楽しくて、少しできるようになっただけでも自分に自信を持ってしまうくらい楽しんでできるようになりました。苦手な部分や、できない、忘れてしまう部分もありましたが、しっかりできるようになり、本番は楽しんで、かっこよく、皆と協力しておどりきることができました。とても記おくにのこるものでした。

 でも、自分が運動会でなにより記おくにのこっているものが一つあります。それは赤組副リーダーです。自分は、赤組と決まる前からやってみたいと思っていました。おもしろそうという好奇心が多かったです。でも実さいは副をやると決まったまではよかったですが、そのあとはまったくの役立たずでした。黒板の字を読みやすく書くことができない、皆への声かけができない、団体競技で足をひっぱるばかりと「何をやっているんだ」「ぜんぜん皆の役に立てない」とくいが残る毎日でした。自分で副として自分のできることは何かと考えることができるようになり、と中から声を出して、チームを盛り上げることにしました。それは、自分でもやることができる唯一のことでした。結果は、皆が返事を大きくくれて少ししきがあがりました。とてもうれしかったです。

 運動会は結果、赤組が勝てたのは玉入れだけでした。そのため、赤組が負けました。でも、自分が成長できる、皆との団結がふかまって、全員で楽しめた運動会でした。


  「運動会でできたことできなかったこと」

楽山寮 中三 R 

 僕は、今年の運動会で寮のポスター係とラジオ体操を任されました。ポスター展で、僕は馬が好きだったので馬を書くことにしました。自分は今までに小さい絵を大きく描くことができませんでした。大きく絵を描くのはひじょうに難しいことがわかり弱音をはきましたが、最後まで諦めずにポスター展優勝を目指してがんばることができました。その結果、完成して本番ではポスター展最優秀賞を取ることができ、トロフィーを寮に持ち帰ることができました。

 ラジオ体操は、毎日くぼた先生が細かい所を前で教えてくれていました。自分はいしきをしました。その結果、ラジオ体操係に任命され、練習や朝にラジオ体操をみんなの前ですることになりました。練習では、本番まで台にのることが2回しかありませんでしたが、まちがえることもなく、本番はきれいにできたと思います。

 寮対抗リレーで最初のほうは自信がありませんでした。でもK君を抜かすことによって、ほっとしました。そして、自分はほっとしたら最後のほうで手を抜いてしまいました。そしたら最後、S君に抜かされてしまい、2種目優勝することができませんでした。

 もし、自分が高校に入って体育祭とかに出た時に、このことを思い出して最後まで諦めないという気持ちをもってこれからも生活していきたいです。